2011年 北海道ツーリング 7日目 林道は決壊 

 

 ヌプカの朝 

 

 6時30分に起床した。少し酒が残っているからまだ寝ていようかと思ったが、ライダーふたりが活動を開始しているし、お父さんも起きておられるので床をでた。昨夜は12時にシュラフに入ったから深酒したわけではない。ただミッキー君と飲んだ時間はあっという間にすぎたのだった。

 昨夜スーパーで買ってきた焼きそばと五目いなりで朝食とする。ヌプカは眺望のよいところだ。昨夜も夜景がきれいで眼を惹かれたが、朝になるとナイタイ高原のような風景がひろがっていた。すばらしい絶景だ。

 ディバージョンがまず出発する。それを見送ってチェーンの調整をするが、アジャスターをいっぱいに引いてもチェーンがダルダルだ。このまま乗ったら危険なほどで、ジェベル君も、まずいですねぇ、と言っている。帯広のバイク屋にいって修理をしようかと思うが、どうにか走れるだろうと判断して、このまま林道に行くことにした。

 ミッキー君とお父さんは今夜のフェリーで帰られるとのこと。その前にミッキー君が以前にバイトした牧場に寄っていくのだそうだ。あっという間の5日間でした、とお父さんがおっしゃっていたが、ミッキー君との水入らずの旅がよほど楽しかったようだ。

 おふたりを見送った。私はここに連泊することにする。ジェベル君は襟裳岬にむかうそうだが、しばらくここでのんびりしていくとのこと。8時に林道走行に出発した。チェーンが気がかりだが走ってみると大丈夫そうだ。アクセルを開閉せず、一定の負荷をかけつづければチェーンも暴れることはなかった。

 

 広大な畑

 

 ヌプカの里から下っていき国道274号線に入る。道道593号線に折れて屈足にむかうと左右に広大な畑がひろがりだす。前に来たときもここの風景が気に入って写真をとったが、今回もバイクをとめてカメラをとりだした。広い畑地とそれを区切る防風林の列、そしてその先にある山なみがとても雄大だ。

 伸びたチェーンと熊を気にしつつペンケニコロベツ林道の入口につくと、工事車両がたくさん止まっていた。電話ボックスのような詰所から男性がでてきたので工事中かと思ったら、通行止めとのこと。しかもペンケニコロベツ林道だけでなく、隣接しているパンケニコロベツ林道もレイサクベツ林道に秘奥滝線も、一帯にある林道のすべてが台風の影響で閉鎖されていると言うのだ。何ヶ所も土砂崩れがおこっていた危険とのこと。人のいないところから無理に入ることもできるが、それもやめたほうがよいと言われた。

 ツーリングは安全第一でルールを守ることが大切である。残念だが林道走行は諦めることにする。しかしせっかくここまで来たので道道718号線の舗装路をすすみ、トムラウシ山の登山口にある国民宿舎の東大雪荘に温泉に入りにいくことにした。ここの露天風呂は渓流に面していて気持ちがよいのである。

 伸びたチェーンがカチャンガチャンと音をたてるから注意して山をのぼっていく。東大雪湖をすぎてトムラウシの集落をすぎると曙橋にいたり、ここがヌプントムラウシ林道の入口だ。ここにも工事の人がいて通行止めの看板がでている。林道は決壊していて復旧は今夏以降になると書いてある。工事の人がバイクならいけると教えてくれるが、通行止めと新得町の案内があるのに無理にいくのは、よい年をした男のやることではない。また来ればよいのだ。親切な工事の方にお礼を言って東大雪荘にむかった。 

 

 東大雪荘にむかうダート

 

 この先はダートが7.5キロあるが、きれいに整地されているので大型のオン・ロード・バイクでも走れる道だ。舗装化が進行しているからそのうち全面アスファルトになってしまうだろう。東大雪荘についたが平日のせいか駐車場に車は少ない。東大雪荘には売店とレストランもある。売店で鹿角のキーホルダーを買い、食堂のメニューを見るが惹かれるものがないので風呂にゆく。料金は500円だ。

 風呂には先客がふたりいたが、彼らはすぐにでたので私の貸切となった。渓流を見下ろす露天風呂につかり、沢と空をながめてのんびりとする。これまで次から次へと欲張って耐久レースをしていたから、こんなにゆったりしたのははじめてだ。それが快い。それならばペースを落としてツーリングをすればよいのだが、それができないことは自分でわかっている。

 風呂からあがって昨日のメモをつける。昨夜は走りどおしでヌプカについて、そのままミッキー君と飲んだから、日記を書く時間がなかったのだ。風呂上りに休憩所でメモをつけているとストレスがまるでない。それは日常生活ではないことだからとてもリラックスできる。じつを言えば林道を走るのは緊張をともなう。熊が怖いからだが、もうダートを走行する予定もないから、心に張り詰めていた警戒感からも開放されたのだ。

 東大雪荘をでて山をくだってゆく。曙橋から上流の川は増水もおさまり、水色も透明にもどっている。ふと近くにある国設然別峡キャンプ場にある、鹿の湯に寄っていこうかと考えた。しかし山をおりていくと川は濁り、増水しているからやめておいた。鹿の湯は前回たずねたときも増水で沢に水没していたのである。

 昼食時となった。今夜の夕食は足寄の大阪屋食堂のジンギスカンと決めてある。昼はどうするか。近くにあるカフェ・ブーオのブースパかーー大きなパンの中にナポリタンとサラダが入っているーー、もしくはTMに自分で書き込んだ情報の鹿追の天丼にするか。これは何年か前にグルメ情報をひろってメモしておいたものだ。ブースパか天丼か。天丼にすることにしたが鹿追にはもう一件メモがあり、『大阪屋の煮込みジンギスカン』とある。足寄の店と同じ名前でしかもメニューもいっしょだから驚くが、夕食がジンギスカンだから、この店は考慮の外だった。

 たまにチェーンがカチャンカチャーンと音をたてるので気にして走っていく。自衛隊の駐屯地があり戦車がおいてあるのが見える。あとで見学させてもらおうと思ってすすむと雨が降ってきた。雨足は強まったが鹿追は近いので我慢して走りつづけた。

 鹿追の中心部についたがジンギスカンの大阪屋はあるのに天丼屋はない。周辺をさがしてみると看板をはずした元店舗のような建物がある。あれか? 商売はやめてしまったのか。ならばカフェ・ブーオに行こうと思うが雨は降りつづけている。夕方もジンギスカンを食べるつもりなのだが、濡れるのは嫌なので、眼の前の大阪屋に入ることにした。

 

 鹿追の大阪屋のジンギスカン

 

 店内に客はいなかった。小上がりにすわってジンギスカン460円、ライス中200円、味噌汁150円を注文する。ジンギスカンの量はここも150グラムだそうで、これが北海道の標準でもあるようだ。

 ジンギスカンは皿状の鉄板に盛りつけられてすぐに提供された。ジンギスカン鍋のように脂を落とさずに、肉とタマネギを肉汁ごと煮込んでいくスタイルだ。これは足寄の店もおなじだから昔からのやりかたなのだろう。肉はラムではなくふつうの羊肉だからにおいはあるが、ジンギスカン好きなら問題ないものだ。タレは正油ダレで、熱々の肉を頬張ると悪くない。ライスの中は丼一杯だから大にするとどうなるのだろうかと思ってしまった。

 料金を払うときに足寄の大阪屋と関係があるのか聞いてみた。よくたずねられるそうだがまったく関係ないとのこと。偶然おなじ屋号で、しかもほとんど同時期に創業したのだそうだ。開業して57年とおっしゃっていたと思う。ここはジンギスカンだけでなくホルモンもあるから、飲むのもよさそうだった。

 食事をしているうちに雨はあがった。ヌプカの里にまだチェック・インの手続きをしていないから、これから済ませにいくことにする。その前に自衛隊の戦車を見にいくことにした。鹿追駐屯地にいくと、ゲートの前に車はここで停止せよと表示されている。そこにバイクをとめて警備をしている自衛官の方に戦車を見せてほしいとたのんだ。写真をとりたいと。

 戦車を撮影するのは簡単なことだと思っていたがそうではなかった。ちょっと入れてもらってパチリと撮ってもどる、と考えていたのだが、基地内に立ち入るのも手続きがいるし、そもそも基地内は撮影禁止なのだそうだ。考えてみれば当たり前のことで、バイクで突然やってきた男をすぐに駐屯地に招き入れることなどありえない。ここは軍隊なのだから。

 受付に見学申込書があり、そこに住所・氏名・勤務先などを記入するように指示をうけ、書いていると広報担当の方を呼んでくれると言う。わざわざ人を呼んでくれなくてもよいと思ったが、私ひとりを基地内に入れるわけにはいかないし、ゲートにいる隊員の皆さんは警備の任を負っているから、私のような閑人の相手はできないのだ。彼らはマシンガンを背負って周囲に眼を配っているから、私は自分の考えの足りなさを痛感することになった。

 

 鹿追機動部隊の退役戦車

 

 やがて広報の方がきてくれた。礼儀正しい好青年だ。彼に先にたってもらい、ゲートの先にある戦車を見にいく。国道から見えていた戦車は退役したもので、もう動かないものが飾られているとのこと。戦後初の国産戦車で三菱重工製だそうだ。細かくたずねると砲身は日本製鋼所、電子部品はNEC、ほかにコマツなどが部品を提供しているとのこと。

 退役した兵器なので写真をとってもよいとのことで喜んで撮影する。戦車には鹿追部隊のマーク、鹿角が描かれていた。広報の方は戦車の横にたつ私の写真もとってくれた。そして見学を終えるとゲートまで送ってくれた。バイクで走りだしてもまだ見送ってくれていて、国道に出たところで彼に手をあげて駐屯地を後にする。彼は見えなくなるまで手を振ってくれていた。こんなに丁寧に対応してもらうと自衛隊のファンになってしまうな。東日本大震災のときの活躍も素晴らしかったし、誇らしかったから。

 ヌプカの里にもどった。キャンプ場の横にあるロッジ・ヌプカで受付をする。ここにはレストランと売店がある。昨日から泊まっているから2泊分の600円を支払ったが、受付の方は1泊だと思っていたようで正直に申告して失敗した。ところで今晩は士幌の町のお祭りなのだそうだ。町の中心部に夜店がでて、ヌプカの里も出店するとのこと。是非来てくださいと言われたので、足寄の大阪屋食堂の帰りに寄ることにした。

 

 ヌプカの里 第一展望台

 

  ロッジ・ヌプカの上に第一展望台があると案内がでているのでいってみることにする。キャンプ場は山の斜面に作られているのだが、そのいちばん上が展望台だ。ここからの眺めはキャンプ場よりもさらによい。牧場と林、かすんで消えるまでつづく十勝平野が見下ろせる。北側には山塊もつらなっている。ヌプカの里の眺望はナイタイ高原にも引けをとらないと思う。人がいない分だけこちらのほうがよいくらいだ。広々とした平原を見ていると気持ちも晴々としてくるので、ここでしばらく今日のメモをつけることにした。

 15時に足寄にむけて出発した。士幌の中心部の祭り会場を確認していくが、この時間は祭礼の気配もなかった。チェーンが気になるからゆっくりと走る。道の駅あしょろ銀河ホールに寄ったりして17時に大阪屋食堂についた。明かりは消えていたが店に入ると女将さんが対応してくれる。女将さんは私がライダー・ハウスに泊まりにきたのか、食事をするだけなのかたしかめようとする。私は今夜は士幌に泊まるが、ここのジンギスカンが食べたくてやってきたと話した。

 

 大阪屋の味噌ダレ 白菜ジンギスカン

 

 女将さんが手早くジンギスカンとライスをだしてくれるが、お年を召されたせいか盛りつけが乱れている。ご主人は83、女将さんは80になるのでもう商売はやめたいそうだ。しかしここにやってくる旅人達がまだ続けてくれと言うのでやっているとのこと。私もできる限り営業してくださいと申し上げた。

 はじめてなのかと女将さんが聞く。二度目だと答える。旧店舗のときに来たことがあると。そして私が食べログの初投稿者だと言おうとしたがやめておいた。食べログのことを話してもご存知ないかもしれないから。

 ジンギスカンは鹿追の店と同じく肉汁ごと煮込んでいくスタイルだ。鹿追は正油味で野菜はタマネギ、ここは味噌ダレに白菜で、味のレベルは変わらない。しかしここにはニンニクがあり、それをドカンと入れると一段と美味しくなる。女将さんやご主人と話しながら熱々のジンギスカンを頬張るのも、北海道を旅するライダーのどうしてもやりたいことでもあるだろう。

 大阪屋食堂の名前の由来を聞いてみると、前のオーナーがつけた屋号なのだそうだ。創業者のつくった店を店名もそのままに引き継いだとのこと。それが昭和54年だそうで、新店舗にうつって5年とのことだった。

 日の暮れた国道を士幌にむかう。途中にある広大な畑ではライトをつけた大型農機がまだ作業をつづけている。照明をつけている農機をはじめて見たが、急いでやらなければならない農作業もあるのだろう。しかし北海道のトラクターは特大だ。タマネギを満載したトラックも大きいし、砂利や肥料をはこぶトレーラーも本州では見られない、びっくりするほど巨大なものがつかわれているから、やはり北海道はスケールが大きい。

 

 士幌のお祭り

 

 士幌の祭り会場についた。町の中心部、国道と道道の交差点の、道道の歩道に露店が100メートルほどでている。規模が小さくて暗いから、近くまでいかないとやっているのかわからなかった。枝豆や焼き鳥、ビールを売っているから飲みたいが、バイクだからそうもいかない。ヌプカの里の店があり、ソーセージなどを売っているが、量が多いからだんごをひとつだけ買った。焼肉やピザなどの人気のある店は行列ができている。地元の家族連れに混じって、どうやら祭りの中でひとりしかいない余所者の私がならぶのも場違いなので、すぐに買える夜店で、イカ焼きと枝豆を手に入れてヌプカの里にもどることにした。

 キャンプ場にはカップルのキャンパーが2組きていた。勝手知ったるようで野営場の中腹にテントとタープを張り、大型のサーチライトをつけている。彼らは離れたところにいるので会釈もかわさずにテントに入り、酒を飲みつつメモをつけた。金曜の夜のせいか夜景を見にきたらしい車が展望台にのぼってゆく。夜景が美しいから絶好のデートスポットなのだろう。

 明日はフェリーに乗る。北海道ツーリングももう終わりだ。それが寂しくもあり、チェーンが不安でもある。チェーンはなんとか苫小牧まではもってほしい。そうすれば関東まで帰ることができる。そしてできれば自宅までなんとか走ってもらいたいものだ。 

 ラジオをつけているが山の中なので受信状態が悪い。AMを聴いていたのだが、ためしにFMにすると鮮明に聞こえる局があった。この番組でもいいかと思っていると、パーソナリティーは『水曜どうでしょう』に出演していた鈴井貴之だ。こんな偶然もあるのかとおかしくなってくる。私はさんごうさんやミッキー君のように『水曜どうでしょう』が大好きなわけではない。それでも縁を感じたりする。ミスターは若い女の子を相手に酔っ払ったように喋りまくっている。女の子は独特のカラーを持っているから、そのうち大泉洋のようにブレイクするのかもしれない。なんだかどうでしょうと思ったりした。

                                       284.4キロ