2019北海道トランポ林道ツーリング7日目

 

 道の駅しらぬか恋問 出発の前にバイクと車の汚れをおとす

 

9月5日。木曜日。美術館めぐりと幌加温泉。

 5時半に起床した。天候は晴れ。冷え込んでいてバイクにはびっしりと霜がおりていた。気温は12、3℃だろうか。昨夜たべた刺身のツマを海に捨てにゆく。自然にかえるものはそうしたほうがゴミが減るからである。肌寒いのでワークマンの作業着を羽織った。夏のライディング・ウェアとして使っているものだ。これを着ているとトラック・ドライバーのようで早朝の道の駅によく馴染む。しかし車内の整理と出発の準備をしていると暑くなりぬいでしまった。

 バケツに水をくんできてバイクについた泥をながした。ついでにハイエースのフロント部に付着した虫のそうじもする。今日は美術館にゆくつもりだ。天候は明日からくずれるとのこと。そうであるならば今日はバイクに乗り、明日絵画を鑑賞するのが合理的なのだが、今日どうしても絵がみたい。目的地は中札内にあるふたつの美術館だ。

 DRはキック5回で始動した。バイクを車につんで4日間お世話になった道の駅しらぬか恋問を後にする。1時間55分で中札内美術村につくとナビは言う。美術館は10時からだが、途中で休みながらゆけばちょうどよい時間になるだろうと思った。

 フラッグあります、と看板をだしていた白糠のホクレンにゆく。8時の開店前についたが気持ちよく対応してくれた。車の給油をする。9、1K/L。141円。グリーン・フラッグを手に入れた。

 ゴミ箱を設置しているセイコマがあったので立ち寄った。ゴミを捨てさせてもらいカップめんを買う。先にゆくとセブンイレブンがあり、ナナコにチャージしてあるから残念に思うが、旅は一期一会なので仕方のないことだった。

 白糠から浦幌まで国道38号線をゆくが、前後に自動車のいない空いているルートだった。たまに対向車とすれちがうくらいなので50キロでゆっくりとながす。車はバイクとくらべるとじつにスムーズにすべるように走る。音楽をかけけて飲み物をとりながら快適に移動した。

 浦幌から北上して豊頃のハルニレの木で休憩した。道道210号線に入って更別にむかうと2017年に走った小花林道の入口がある。この林道は峠付近が荒れていて、滅多にないことだが、走っていて嫌な予感がした。それでも走りつづけて林道の出口まで1キロの地点までゆくと、新しくて大きなクマのフンがある。急いでその場から離れようとすると、木の枝がシフト・ペダルにからんでギヤ・チェンジができなくなり、クラッチ・レバーをにぎってバイクをとめると、エンジンはストールしてしまった。強くからまった木の枝をとりのぞき、噛んでしまったギヤをはずして、エンジンをかけて逃げだした思い出のあるところだ。

 この先の道道716号線は路面に継ぎ目があって、バイクがあばれるので50キロで走行した。十勝の大平原にはいる。広大な農地のただなかをゆくので、気に入った風景があると写真をとっていった。

 思ったとおり10時すぎに六花亭の運営する中札内美術村についた。車を駐車場にとめてまず小泉淳作美術館にゆく。フェリーの中でエッセイを読んできた画家の美術館だ。以前は有料だったが無料になっている。入口に透明の箱がおかれていて、入場者は気持ちをしめすようになっており、六花亭の太っ腹さにおどろいた。

 

 京都の建仁寺 法堂の天井画 双龍図の製作風景

 

 小泉淳作美術館に入ると抽象画、風景画、静物とならんでいる。その奥に鎌倉の建長寺と京都の建仁寺の龍の天井画、東大寺の障壁画とつづく。積丹と鳥海山の風景画が魅力的だ。しなびたカブの静物画もよかった。製作風景を記録した映像がながれていて、以前にもここで見たことがあるのだが、あらためて見直すことにする。これだと感じたことに時間をかけることが、放浪の充実度をあげるからである。小泉淳作に興味のある方は『小泉淳作美術館』『追悼・小泉淳作』もどうぞ。

 11時30分になったのでじんぎすかん白樺に昼食にゆくことにする。14時まで営業していることはわかっているのだが、気が短くて心配性だから早くゆかないと落ち着かない。もうひとつの目的である相原求一朗美術館は午後にまわることにした。

 中札内美術村からじんぎすかん白樺まで15キロほどだ。店につくと前の駐車場はいっぱいなので、裏にあるジャリの駐車スペースに車をとめた。店内は満席で5分ほど待って座敷の席に案内される。注文するものは決まっている。マトン・ジンギスカン2人前に大ライス、味噌汁とキムチである。

 

 じんぎすかん白樺のマトン・ジンギスカン

 

 ジンギスカンはラムとマトンの2種類がある。ラムはまったく癖がなく、マトンは少しだけ羊のにおいがするのだが、私はマトンが好みだ。羊肉は歯ごたえがあり、脂がのっていてタレの味もよく、キビ入りのごはんがすすむ。大盛りごはんにしたがもっと食べたいほどだ。海苔の味噌汁もよい味でキムチだけが平凡だった。

 個人的に旭川の大黒屋のジンギスカンが日本一で、ここが二番だと思っている。☆5点満点平均3点で4、5点。白樺はたくさんの女性が立ち働いているのも隠し味になっている。骨惜しみせずに走りまわる彼女たちを見ていると、食事が一段とおいしくなるのだ。料金は1590円だった。

 

 相原求一朗 襟裳岬の風景

 

 中札内美術村にもどり相原求一朗美術館にゆく。中札内美術村には広大な敷地があり、そこに三つの個人美術館が点在している。相原求一朗美術館は石造りのクラシックで重厚な建物で、元は帯広にあった帯広湯という銭湯だったそうだ。

 相原求一朗は埼玉県川越の生まれで、家業の会社を経営しながら絵をかきつづけた画家だ。満州に従軍した経験があり、それとよく似た北海道の風景に魅せられて、たくさんの作品をのこしている。描かれているのは北海道のきびしい自然で、冬の丘や野の一本道、海岸、岬、山などである。画風は暗く重苦しい。どうしてもそうなってしまうと相原は語ったそうだが、画面には寂寥感がみちていて、見ていると胸がしんとなる。人気作の冬の襟裳岬に1軒だけたつ貧しい家の絵がとてもよい。デッサンも魅力的だった。相原求一朗に興味のある方は『相原求一朗展 川越市立美術館』『相原求一朗美術館』をどうぞ。

 小泉淳作は55才まで売れない作家で、相原も遅咲きの画家だ。六花亭は若くして人気者になった芸術家よりも、苦労した人のほうが好きなようだ。絵が売れなくとも一筋に自分の道を歩いてきた人物が。それは六花亭の製品作りや経営方針にも通ずるのかもしれない。

 自分がものすごくジンギスカン臭いのを感じる。美術館は空いているからまわりに気をつかわずにすんで助かった。中札内美術村にはもうひとつ美術館がある。以前は小泉と相原のふたつだったから増設したのだ。これまで小泉の美術館だけを見ていて、同じ敷地にある相原の絵を鑑賞しなかった。それは失敗だったので、六花亭の審美眼と事業に敬意を表して、もうひとつの真野正美美術館にも立ち寄ってゆくことにした。。

 

 真野正美の作品

 

 真野の作品は小泉や相原とはまったく毛色のちがうものだった。なつかしい、昭和の北海道を漫画のようなタッチでえがいたものだ。小泉と相原が堅い作風だから、ほのぼのとした真野の作品館をつくったのだろうか。気楽に鑑賞できるように見えるが、細部はものすごく精緻にかきこんである。1枚の絵をかくのに膨大な時間と労力が必要なはずで、その点は小泉や相原の作品とおなじだった。

 真野正美美術館の見学を終えて車にもどってゆく。日陰にはいるとTシャツだけでは肌寒く、長袖シャツがほしいほどだった。これからどうしようかと考える。時刻は14時35分だ。行きたいのは秘湯の幌加温泉と芽登温泉である。芽登温泉は明日、芽登糠南林道を走る予定なので、そのときに立ち寄れると思う。そこで幌加温泉にしたいが、かなりの距離があるから、どのくらい時間がかかるのかわからない。スマホ・ナビでしらべてみると2時間15分でつくとのこと。今からだと17時前に到着することができるわけだ。念のために幌加温泉に電話をかけて何時まで入浴できるのかたずねると、19時とのことなので、これからむかうことにした。

 無料の帯広広尾自動車道を北上し、芽室帯広JCTから道東道にはいる。音更帯広ICで高速をおりると料金は260円だった。国道241号線で北上してゆく。上士幌、糠平湖とぬけてゆくルートで、これまでに何度も利用した道だ。

 明日ツール・ド・北海道が開催されるようだ。国道273号線にはいると、この先、層雲峡、旭川まで125キロ、とでている。旭川には明日ゆきたいと思っていた。

 予定よりも早い16時35分に幌加温泉に到着した。幌加温泉・鹿の谷は国道から折れて、2キロ山の中に入った行き止まりにある。温泉宿の直前は急坂で、駐車場は傾斜しているから、車をとめるのは神経をつかう。バイクではUターンや切りかえしがたいへんだから、最後の坂はあがらずに、その手前の平坦なところをえらんでとめるのが得策だ。

 鹿の谷にはいり60くらいの女性に入浴料500円を支払った。宿はこの人と90くらいの老女でやっているようだ。90の人が母親で60の方が娘のようで、母親の耳は遠いとのこと。じつは2017年にもここに来たことがあるのだが、建物があまりにも老朽化していたのと、中が廃屋のように荒れていたので、利用する気になれなかった。そのときに宿の中をのぞいていると、母親がこちらを見ていることに気づいてびっくりした。彼女は私が入浴する気がないとみると、埃だらけの廊下の奥に消えていったのだ。

 散らかっていた宿の中はきれいに片づけられて、リフォームがされたようだ。娘がそうしたのだろう。廊下をすすんで風呂にゆく。ここには四つの源泉があるそうだ。泉質もとてもよいとのことなので、あらためてやってきたのである。

 

 幌加温泉の露天風呂 斜面に源泉をためる浴槽がある

 

 脱衣所で服をぬいでいると男性が風呂からあがってきた。その人はスマホを手にとると、露天風呂に鹿がきてますよ、と教えてくれたので、私もスマホを持って蝦夷鹿の写真をとりにゆくことにした。

 脱衣所をでるとまず内湯がある。三つの浴槽がならんでいて、建物の外に露天風呂はあった。そこに鹿が4頭いて草を食んでいる。写真をとるが先程の男性のほかにも入浴客がいた。気にしないようなので撮影したが、その中に体にタオルをまいた女性がいたので、写真をとるのはやめた。ここは混浴だったのだ。彼らは50代の夫婦と成人した男の子供たちの家族だった。女性の近くにいるのは気まずいので、内湯にもどることにした。

 内風呂は三つに仕切られていてそれぞれ泉質がちがっていた。カルシューム泉、ナトリウム泉、鉄湯で、この順に温度が高くなる。三種の湯に代わるがわるつかるがいずれもとてもよい。鹿の谷は建物はぼろくて混浴だがとても気に入った。

 女性はあがっていった。露天風呂は男だけになったのでまた鹿を見にゆく。鹿見風呂だ。建物のすぐ上の斜面に家庭用の浴槽が三つおかれている。そこにホースで源泉を引いてきて溜め、内風呂におくっていた。露天風呂も同様で見たとおりの源泉掛け流しだ。しかしごく近い場所に四種の源泉があるのはすごいことだと思う。

 露天風呂の湯は熱いので長くつかっていられない。蝦夷鹿の写真をとると内湯にもどることにした。父親と息子たちも建物の中に引き上げてくる。彼らは体をあらいながら外食して帰ろうと相談しだした。母親がしっかり者らしく、うまく話をもってゆかないとウンと言わないようだ。父親が、家に帰ったらうどんしかないぞ、店によらなかったら、うどんしか食べられないんだ、なんとかうどんを茹でさせないようにしないといけない、と子供たちと話をしている。私はそれを笑わないようにして聞きながら、カルシューム泉、ナトリウム泉、鉄湯をたのしんだ。

 男たちは先にあがっていった。私も秘湯を堪能して風呂からでる。脱衣所に地元の方がいたので、冬もここは営業しているのか聞いてみた。するとやっているとのこと。しかし宿の前の急坂を車が上がれないのではないかとたずねると、冬季になると、ありあまっている湯を道に流して、雪と氷を溶かすのだそうだ。それはすごい情景で、幌加温泉の湧出量の豊富さと自然の力に感心する。しかしここは好みの分かれる温泉だ。混浴だから女性は嫌うだろうが、私はまた来たいと思う。

 

 幌加温泉にある廃業した温泉宿

 

 明日は芽登糠南林道をはしり、芽登温泉にはいりたいので、今夜は道の駅ピア21しほろ、または道の駅しほろ温泉に泊まりたいと思う。来るときにピア21しほろの横を通ったが、駐車場が広くてよさそうだった。上士幌にむけて山を下ってゆく。夕暮れの森林地帯をすすんでいった。

 上士幌の町にはいり、以前に何度も利用したことのあるコープにむかう。数年ぶりだったが、記憶のとおりの場所に店はあった。到着したのは18時55分で閉店の5分前だ。ここで半額のサーモンの刺身と、おなじく50パーセント引きのイカの酢の物、サッポロ・クラシックを手に入れた。

 セブンイレブンで焼鳥を2本買い足して道の駅ピア21しほろについた。道の駅しほろ温泉も気になるが、ここから更に10キロ走らなければならないので、ピア21しほろを今夜の宿泊地とした。

 バイクのハンドルにランタンをかけ、その横でビールを飲む。道の駅のトイレの前にハイエースをとめたが、後ろは関西ナンバーのキャンピングカーで、中年の男女4人が大はしゃぎで飲んでいた。

 カラスが雲霞のごとく飛んでいたのはどこだっただろうか。中札内のどこかだったか。車の中にバイクを積んでいると、タンクのガスが揮発してガソリン臭くなる。そのにおいの中で、バイクをなでながら焼酎を飲む。DRはかけがえのない友であり、同志だ。

 トイレにゆくために車からでると、関西ナンバーのキャンピングカーから大いびきが聞こえてきた。4人は酔いつぶれたのだ。しかし呼吸が止まっている人がいる。無呼吸ではないのかな。

 トイレで鏡をみると髪の毛はバサバサで顔は髭面だ。車中泊やキャンプ生活が長くなると、どうしてもこうなってしまう。着ているものもシワシワだ。今日はバイクに乗らなかった。林道を走らない1日だった。

                                車の走行距離 307、8キロ バイクの走行距離 0キロ ダート 0キロ

 

 

 

 

 

 

 

 

ツーリング・トップ                       BACK                         NEXT