8月20日 船内にて

 

 苫小牧フェリー・ターミナルにいたカップル。軽トラ1台の料金で船にのる。これがいちばん安いとか。

 

 5時30分に起床した。いつものキャンプ生活では遅いほうだが、フェリーのなかで時間もあまっているので、もう一度眠ろうとしたがダメだった。昨夜はビールを1本飲み、焼酎の水割りにきりかえてメモをつけていると、いつの間にか眠ってしまっていた。ベッドに横になると引き込まれるように寝てしまったが、やはり疲れていたのだろう。飲みかけの焼酎を半分こぼしてしまっていて、マットが冷たくなっている。残っていた酒がもったいないので飲んでしまったが、フロントに苦情を言うつもりなので、酒臭い息をしていてはよくないと後悔した。

 きのうコンビニで買っておいたおにぎりとサンドイッチの朝食をとり、ロビーに新聞を読みにいく。昨年は日経があったのに今年はなく、不本意ながら北海道新聞を手にとった。甲子園の決勝はきょう、早実と駒大苫小牧であらそわれる。いかな北海道好きの私であっても、地元の早実がたたかうとなれば、早稲田を応援するほかない。つづいてスポーツ紙を読み、WRCの雑誌をめくる。WRCのラリー・コースはパンケニコロベツ林道をのぼり、ペンケニコロベツ林道をくだるルートが設定されていた。じっさいに走った者の実感としては、あんなに狭い林道でよくラリーをやるなと思うのだが、あとでTV映像を見てみるとそれらしくうつっているから拍子抜けしてしまった。

 8時から風呂にはいれるのでぴったりの時間にいくが、浴室のドアがあかない。中で掃除でもしているのかと思ってノックをするも反応はなかった。5分ほど待つが変化はなく、風呂にはいろうとする人は増えてくるがただ大人しく待っている。私は待っていられなくて受付にいくもまだ開いておらず、操舵室につながるという緊急電話でどうなっているのか聞こうとすると、レストランの係員が通りかかったので、風呂にはいれない、と告げた。すると、そんなはずはありません、と答える。ならばとふたりで風呂にいってみると、単にドアの鍵を開け忘れていたのだった。係員は平身低頭して去ったが、動きまわっていたのは私だけで、7・8人いた皆さんは文句も言わずに立っていて、私は気が短いのだろうか? 普通だと思うのだが。

 風呂からあがって新聞コーナーでメモをつける。9時になると受付と売店がひらいたので、さっそく45くらいの職員に声をかけ、苦情を言いたいと告げた。話をはじめようとすると船員は先に歩いて私を誘導しようとする。ほかの客の眼もあるから、別室で話を聞くつもりなのかと思ったら、アンケート用紙の置いてあるコーナーに行って、これに書いてください、と言う。自分は苦情を聞きたくないのだ。しかし苦情を述べようとしている客にアンケート用紙に書けというのも失礼な対応で、冷静に口をきこうと考えていた私も、また感情的になった。
「口で言ってはダメなのか?」と問うと、
「アンケートに書いてもらえれば、かならず返事がいきますから」と逃げ腰である。しかしこんな無礼な応対はゆるさず、バイクの係員の態度と言葉づかいがあまりにも悪いので、苦情を言いたいのだ、今言わないと、大洗で下船するときにまた嫌な思いをさせられるかもしれないから、いまからそんなことのないように注意してもらいたい、と言った。そして社員教育はどうなっているのかたずねると、ウチの社員ではなくて、下請けにだしているので、どうしようもないんですよ、と答える。そんなことは言い訳にならないぞ、商船三井フェリーの船にのっているのだから、下請けだろうとなんだろうと、客にかかわることのすべてに、商船三井フェリーが責任をもつのが当り前だ、と言うと、たしかにそうなんですけど、でも多いんですよね、苦情が、とまるで他人事のような口ぶりである。苦情が前から多いなら、直す気持ちもないということではないか。これではいくら言ってもラチがあかないので、本社のしかるべき部署に苦情を伝えなければ意味をなさないと思い、本社の住所と電話番号をたずね、アンケートは本社に直接おくるが、下船のときのバイクの係員にはよくよく注意しておくように念を押した。船員は逃げるようにいってしまったが、私はうるさい客なのだろうか。これくらい仕方がないと我慢するのが普通なのか。そんなことはないと思うのだが。それにこの船員は、その場限りの逃げ口上ばかりを言っていたと後でわかったのだ。

 苦情を言ってもスッキリするものではない。とくにきょうのように苦情を言った相手に誠意と配慮がなければ尚更だ。しかしこのままにするのは気持ちがおさまらないので、怒りのままに本社におくる文章の下書きをはじめる。それを終えて郵送用の清書も一気に仕上げてしまうが、書くのに1時間もかかってしまった。書きあげてしまうと、下書きもあることだし、かならず返事がもらえるのならばわざわざ本社に郵送することもあるまいと、受付にいた若い女性に託した。
「苦情を言うのもエネルギーがいるし、これを書くのも時間がかかっている。だからキチンとしてもらわなくては困る」と言って。

 まったく下らないことに時間と精力をついやしてしまったと、いきどおりつつ、フェリー内でやるつもりだった今回の旅のメモの加筆をはじめる。寝台でうつぶせになって文字を書いていくが、なかなかはかどらない。1時間ほどつづけて昼食のカップめんを食し、20分ほど昼寝をしてまたペンをはしらせる。ずっと書きつづけるが甲子園が気にかかる。決勝は14時くらいからだろうかと思ったが、念のために13時30分にラウンジにいってみると、もう試合ははじまっていて3回にはいっていた。

 ラウンジは満席だった。壁際にたって遠くからテレビをながめている人もいるが、立ち見は嫌なので、テレビの近くの床にすわって観戦した。ゲームは息詰まるような投手戦で、早実と駒大苫小牧のピッチャーの投球のすばらしさ、またバッターの技術の高さにおどろきつつ見ていると、8回に駒大のバッターがじつにむずかしい球をホームランし、私は眼をみはったが、ラウンジは拍手につつまれた。皆さんは駒大を応援していたのだ。私は当然、早実を応援していたのだが、それは私だけだったようだ。しかしこのフェリーは大洗にむかっているというのに、西東京代表を応援しているのは私だけ、というのもおかしいと思うのだが。それもなんだか今回の旅を象徴しているようでもあるが。

 つぎの早実の攻撃で1点をいれて追いついたとき、よし! と声をだすと周囲に冷たい空気がながれたが、そのまま同点で延長が決まったところで観戦は打ち切った。この投手戦はいつになったら終わるのかわからず、試合が決まるとすれば、ホームランなどで一瞬で決着するだろうから、それをずっと待ちつづけるよりも、メモの加筆をしたほうが時間を有効につかえると思ったのだ。

 ロビーでもテレビ観戦がおこなわれていて、こちらは東京勢のほうが多いようだ。どうやら応援も自然とロビーとラウンジで東京と北海道に別れていたらしい。ロビーでテレビを見ているおおぜいの人の横を通ってイートインにいきメモを書きだした。ここにはもうひとり私とおなじようにペンを走らせている青年がいる。椅子にすわって机にむかうほうが、当り前だがずっとはかどる。寝台でやらずにはじめからこうすればよかったと思いつつ、記憶を文字として定着させていった。

 イートインのとなりにあるドライバーズ・ルームから野球観戦の声がもれてくるが、試合は一向に終わりそうになかった。夕食がはじまったら席をあけなければならないなと思い、その時間はデッキに移動してベンチでメモをつけるが、イートインで食事をとる人は考えていた以上に少なくて、ガラガラだ。デッキからイートインにもどろうとすると、高校野球は決着がつかずに再試合となり、それが決まった瞬間、ロビーは拍手につつまれた。

 

                                                            139.1キロ