9月5日 上士幌の宴会へ耐久レース

 

 稚内森林公園キャンプ場の朝

 

 5時20分に起床した。ノロノロと活動を開始し、朝のキャンプ場の風景を撮影しようとするとカメラが起動しない。再生はできるが撮影ができないのだ。昨夜は再生モードで起動して、撮影モードに切り替えれば写真がとれたのだが、今朝になってみると、再生モードから撮影モードにすると電源が落ちてしまう。このカメラはもうダメなのかと思いつつ携帯で画像をとっておいた。カメラが使い物にならないなら、今日通過する予定の旭川で買わねばならないなと考え、余計な出費がかさむので憂鬱になった。

 ラーメンの朝食をとり、テントを乾かしつつゆっくりと撤収する。持参した食料が減ってきたので荷物が少なくなり、まとまりがよくなってきた。階段を3回のぼりおりして荷をはこび、5人組のチャリダーとVmaxのライダーが出発した後に、7時9分に森林公園キャンプ場から走りだした。

 

 稚内森林公園にある氷雪の門 門の先に見えるのは海
 

 今日は野営仲間のmacさん、carrotさんご夫婦と上士幌航空公園キャンプ場で待ち合わせをしている。夜は3人で宴会だ(carrotさんのブログ『キャロットさんちのアウトドア』とは相互リンクしていただいています)。なるべく早く上士幌について、宴会用の食材を手に入れ、風呂にもはいってからキャンプ場にいきたい。距離はあるが、この時間からいけば夕方にはゆっくり着くだろうと考えていた。

 じつは当初の予定では昨日は利尻に泊まるつもりだった。しかし朝になって稚内に渡ろうとすると、稚内着が11時になってしまう。それから上士幌にいくのはとうてい無理なので、昨夜のうちに稚内入りすることにしたのだが、2周もした利尻にあれ以上滞在しても仕方がなかったので、予定を変更して正解だった。

 1983年以来たずねていない野寒布岬にむかう。稚内から5キロほどなのですぐに着いた。朝早いしオフシーズンのため誰もいない。またまた私だけの貸し切りだ。1983年の野寒布岬には看板しかなかったが、今はイルカのモニュメントがある。何もないほうが好みだが、1983年にはのぞめなかった利尻富士と礼文島がきれいに見えていた。1983年には利尻と礼文は遠い存在で、行こうとも考えなかったし、稚内から見えることも知らなかった。それにあの年は雨ばかりで、風景は楽しめなかったのだと当時を回想する私だった。

 カメラは相変わらず不動だ。写真がとれないと記録魔の私としてはひどく落胆してしまう。携帯で代用して画像をとっておくが、とりたいときに写真がとれないのは我慢がならない。心を波立たせて出発し、海岸線をオロロンラインにむかっていった。

 利尻富士と礼文島を右手に見つつ南下していく。カエルの人形をたくさんならべた集落があり、無事カエル、と語呂合わせの交通安全をアピールしているが、なかには何百ものカエルにかこまれた家がある。そういえば相互リンクしていただいているEvomixのえぼらぁ〜さんのドライブ・レポートにここの画像があったなと思い出した。

 やがて集落もなくなって何もない原野をいく道となる。人気のオロロンラインだ。家はもちろんガードレールも電柱もない。ただただゆるやかな起伏のつづく潅木帯の原野があるだけで、日本ではないような光景だ。その景色が何10キロも連続するのだ。すすんでいくと今日はじめてのライダーとすれちがうが、バイクは25年位前のCB750FZである。DRよりも古いモデルに会うと、なんだか嬉しくなってしまうこのごろだ。

 ほとんど交通量のない道道106号線を南下していく。速度は80キロから90キロで巡航するが、オロロンラインでは3台の車にぬかれただけだった。追い越していく車は100キロ以上で走っていて、私がぬいたのはダンプが1台きり。とにかく通行量が少なくて、バイクもほかに2台とすれちがっただけだから、合計3台いただけだった。

 すすむとトレーラーが路肩に落ちている現場に遭遇した。トレーラーは道をはずれて原野に落ち、しばらく草地を走ったあとで止まったようだ。居眠り運転だろうか。転覆はまぬがれていたが、ドライバーはさぞかし肝をつぶしたことだろう。運転手の姿はなく、パトカーが1台だけいたが、大型トレーラーを原野から引き出すのはたいへんそうだった。

 彼方に大きな建物が見えてきた。巨大な建築物でビルのようであるが、塔のようにも見える、妙な構造物だ。とにかく大きなものなので、なんだろうかと見ていると、あまりにも巨大だから、アニメ映画の風の谷のナウシカにでてくる巨神兵のように見えてきた。なんだかわからずに5キロほど巨神兵を見てすすんでいくと、オトンルイの風車の列だと気がついた。遠くから見えだすので、一列の風車がひとつの建物のように見えたのだ。風車が見えだしてからその下につくまで20キロほど離れているから、オトンルイの風車は巨大だ。またオロロンラインには何もないから、何10キロも先の物が見とおせる。その風車の下には8時20分について、頼りにならないカメラをとりだし、お願いします、と頼んでから電源をいれると起動した。これはよかったと思いつつ画像をとり、ありがとうございます、とお礼を言ってからしまっておいた。

 

 オトンルイの風車の列 遠くからだと巨神兵のよう

 

 オトンルイにはチャリダーがひとりいた。チャリダーにしては年がいっていて30くらいのひとだ。オトンルイをでて8時40分に天塩につくが、ここにも50くらいのチャリダーがいた。チャリダーも高齢化しているが、そのうち私もやってみようかと考える。カムバックしてみようかと。しかし体がなまりきっているから、とても無理だと思われた。

 ガスの残量が気になるが、フラッグを手に入れたいからホクレンを利用するつもりだ。国道40号線沿いの雄信内にあるホクレンにはもう旗はのこっていないだろうが、その先の道道395号線の問寒別のホクレンにいけば、フラッグはまだあるはずだと読んだ。今回の旅は深ジャリの林道とカメラ以外は順調にきているから、フラッグももらったも同然と思い、問寒別にむかった。

 道道551号線でロクシナイ峠をいくとリザーブとなった。予備タンでも100キロは走行可能なのでそのまま問寒別にむかうが、大丈夫とわかっていて少々不安である。道道855号線で雄信内について、国道40号線を少しだけ走り、道道395号線にはいる。9時15分には問寒別のホクレンについたが、フラッグあります、の看板がでていない。しかし国道からはずれた田舎のホクレンに、旗はあまっているのに決まっていると思ってガスをいれた。22.6K/L。144円と高く、2333円。しかもフラッグはないのだった。ここは小さなGSなので最初からあつかっていないとのこと。ホクレンならばすべてのGSにフラッグはあると思っていたので、これは誤算だった。

 思惑どおりにフラッグを手に入れたも同然と、自分の予想を信じきっていたので落胆した。GSの前の問寒別小学校の前で落下した気分を引き上げて、TMをめくりこれからのルートを検討する。国道40号線をいくのは味気ないので、この先の道道541を南下することにした。そして時間はまだ早いが、音威子府の評判の蕎麦、黒い蕎麦を昼食に食べていこうと考える。目標は音威子府駅とその先にある『一路』という店だ。音威子府の駅そばは美味しいと以前から評判だし、一昨年も食べられなかったのだ。一路は永久ライダーの北野さん推薦の店で、macさんご夫妻とともさんが昨年ためして美味しいと語っていた。またテレビで冬場は客が少なくなってしまうから、出稼ぎにいく店主のようすが紹介されていて興味もあった。

 

 歌内駅の駅舎 ほかに何もない

 

 道道541号線は交通量が皆無の道だった。したがってこの道路も私の貸し切りである。このローカルな道を道道走行快適速度の70キロで巡航する。壊れかけたサイロや廃屋、放棄された牧草地などがある道だ。途中にあった歌内駅の駅舎は古くなった客車を再利用したもので、何もない駅周辺に風情が感じられたので写真をとったりした。

 ときどき心細くなるほど狭くなる道道541号線で佐久までいき、道道は終わってしまったので国道40号線にはいる。国道の走行速度は高く90キロでながれている。天塩川沿いの広くて見通しのよいR40を南下していった。

 道の駅おといねっぷの蕎麦も美味しいらしいが、3件もいけないから通過する。駅そばと一路の2本立て、はしご蕎麦にするつもりだ。駅でざるそばにして、一路では種物にしようかと考えて音威子府駅につくと、なんと営業していない。水曜定休とのことで、一昨年につづいて休業にぶつかったから、なんとも間の悪い私だ。ならば一路で二品注文しようと考えていくと、こちらも休みだった。8月の稼ぎ時をすぎたから、この時期は休んでいるのだろうか。いずれにしても心を蕎麦にロックオンしていたので、またまたかなり落胆する。ならばもっとよいものを食べてやると考えて、落ち込んだ心情を引き上げる私だった。

 

 評判の音威子府の駅そばは定休日

 

 音威子府の先にいくと旭川まで140キロとでていて少々焦った。もっと近いと思っていたがこれでは先はまだ遠い。急がねばと考えたが、帰ってから調べてみると稚内・旭川間は256キロもあるのだった。それをオロロンラインや道道をつないで走っているのだから、なかなかすすまないはずである。道北スーパー林道の函岳への看板がでているが、工事のため函岳につづくレーダー林道は通行止めとなっている。工事は昨年で終わると聞いていたので長引いているようだ。

 道の駅びふかで休憩する。地図を見るとまだかなりの距離がのこっていて焦ってしまう。朱鞠内湖を見ていきたいと思っていたが、どうしても立ち寄りたいということもなかったので、先を急ぐことにしていくのはやめた。10時50分に道の駅を出発して、美深の町にはいるが、ここではTMにも載っているボリュームで有名な井上食堂を確認したかったのだが、見つけることはできなかった。年齢的にボリュームはもとめていないから、利用するつもりはなかったのだが。

 無料の高速道路の名寄バイパスにはいる。ここは昨年よりも距離が伸びただろうか。そんな印象をうけつつ22℃と表示されている高速道路を快走していく。名寄でR40にもどって、数日前に北上してきた道を逆になぞっていく。昼食は士別の羊と雲の丘の羊料理にしようと決めていた。ここは昨年もたずねたのだが、時間があわなくて食事をすることができなかったので、ためしてみたかったのだ。

 士別の町にはいると羊と雲の丘にいく国道239号線との交差点をさがすために、ヘルメットのシールドをあけてゆっくりと走った。やがて交差点にさしかかったが、直前で右目に虫が飛び込んできて、ものすごく痛い。激痛をこらえつつ交差点を右折して、バイクを路肩にとめて、いそいで虫を除去した。自爆したのは小さな羽虫である。用意よく持参の目薬をさしてケアするが、眼は両方とも赤く充血している。バイクで連日走っているとこうなってしまうのか。若いときにはこんなことはなかった気がするので、念入りに目薬をさしておいた。

 11時55分に羊と雲の丘のレストラン、『羊飼いの家』に到着した。バイクを駐車場にとめるがサイドスタンドをたてる場所に気をつかう。北海道のアスファルトはやわらかく、バイクをサイドスタンドでとめておくと、スタンドがアスファルトにめりこんで、バイクがたおれてしまうのだ。このときもアスファルトではなくコンクリートの部分をえらんでスタンドをたてた。

 空いているレストランにはいり、丘を見おろせる窓際の席についた。1300円ほどのジンギスカン定食にしようか、それとも1600円の骨つきラムステーキ定食にするのか迷うが、どうせなら骨つきラムステーキにさらに1枚骨なしステーキがついている、ステーキ定食2000円をためしてみることにした。骨つきラムステーキ定食と400円しかちがわないから、悔いがのこらないように奮発したのである。

 

 羊飼いの家のステーキ定食 美味

  

 さっそく骨なし肉のほうからたべてみる。ナイフをいれてみると焼き加減はミディアムで、わずかに血がにじむくらいでしっとりとしている。羊肉のミディアムははじめてだったがじつに美味しかった。羊のにおいはほとんどしない。羊だと思っているからかすかに感じるが、知らなかったらわからないにちがいない、ジューシーでやわらかな肉だった。つづいて骨つき肉をためしてみる。こちらのほうがよく焼いてあるがやはりミディアムだ。骨なし肉よりも歯ごたえがあるが同様に美味しかった。両方とも塩胡椒、とくに荒引きの黒胡椒がきいている。羊がこんなに美味しいとはおどろきだが、以降骨つきラムをたまに買っては自分で焼いてたべるようになった。ラムは焼き加減がむずかしい。今もいろいろとためしているところだ。

 ラムステーキに心もお腹も満たされて、単純なことに幸福な気分になって塩狩峠をのぼっていく。気温は21℃だ。ところでカメラは動いていた。撮影モードで起動できないときは、再生モードで電源をいれ、その後で撮影モードに切り替えるとつかえる。症状は安定しているので、これなら旭川で買い換える必要もあるまいと思う。しかしその旭川になかなかたどりつけないことが気がかりだった。

 比布の町を通過していくとホクレンがある。しかも、フラッグあります、の看板をだしていたので急停止して給油をした。24.4K/L。141円で981円。R40沿いのライダーの多いホクレンでは、フラッグはとっくになくなっているだろうと思い込んでいたので油断していた。ブルー・フラッグを手に入れたがスタンプ台は辞退する。スタンプを集めだすとホクレンばかりを利用することになってしまうのが嫌なので。やはりGSは値段で決めたい。フラッグがあればホクレンで給油するが、なければモダ石油をつかうまでだ。

 旭川の街をかすめてすすみ、層雲峡にさしかかった。14時40分に柱状節理の岩山を撮影する。一瞬だけ止まって写真をとり、またすぐに走りだすから、なんだか耐久レースをしているようだ。上士幌でmacさんとcarrotさんご夫妻との宴に参加するための耐久レース。

 昨年はあやまって通過してしまった流星の滝、銀河の滝を見学する。ここははじめて北海道にきた1981年の自転車の旅以来だ。滝は旧道沿いにあるのだが、たしかに昔は国道沿いにあって、きびしい山道を無心にペダルを踏んでいると、とつぜん滝が眼にはいって感激したことを思い出した。いまはトンネルがあって距離も短くなり、雪が降っても楽に通行できるようになっているのだろう。

 層雲峡を通り越し、国道273号線の分岐にたどりついてようやく心に余裕ができた。ここまでくれば上士幌はあと少しである。ところで耐久レースのように走り詰めに走ってきたが、なんだか自分自身が時速80キロで移動する運動体のような気がしてきた。バイクと一体となり、私が自ら高速で走行しているかのように感じられるのだ。バイクの力で走っているのに、それが自分の能力のように感じられる。自身の能力が拡大したような感覚とでも言おうか。車を運転しているときには決して感じないのだが、バイクに乗っているといつもそう思ってしまう、バイクとの一体感からくる錯覚だった。

 

 三国峠から糠平湖にむかう大樹海をいく

 

 三国峠もとまらずに通過する。眼下には大樹海が展開し、ダイナミックで雄大な景色が見えるが、そのただなかを駆けぬけていく。鹿の飛び出しに注意しつつ、時速80キロで移動する運動体となった私は、まるで路上を飛んでいるかのように、滑空しているかのごとく感じながら、耐久レースをつづけていった。上士幌まであと71キロだ。

 R273にはいってから寒く感じられるほど気温は低下した。大樹海のなかにはいったからだろう。この大樹海のなかに、よい川があったら釣りをして、今夜の肴を手に入れれば風流だと思っていた。しかしそれよりも上士幌で風呂にはいることを優先させた。

 糠平湖を通過して上士幌にはいっていく。4年つづけて来ている勝手知ったる町をぬけて、キャンプ場についたら飲んでしまって風呂にはいれなくなってしまうから、上士幌温泉ふれあいプラザに直行した。ここは360円と低料金だけに石けんとシャンプーは用意されていない。昨年ここで買った石けんとシャンプーを持参したのでそれを使うが、これらは去年ここで購入してから一度も使用していないことに気づいて笑ってしまった。準備がよくて物持ちもよいと我ながら思うのだが、今回も使い切るにいたらず、自宅に持ち帰ることになったので、もしかしたら来年もまたここで使うことになるかもしれない。

 温泉には老人しかいなかった。平日の夕方前の時間だから当然だろう。ゆったりと湯につかってからロビーでメモをつけ、A・coopにいって今夜の食材を買う。作る料理のイメージはできていたので、じっさいにスーパーにある魚貝類と野菜の品揃えを見て、カツオとタコ、きゅうりとみょうが、アスパラガスとおくら、さつま揚げとビールをもとめる。それらをハンドルにぶら提げて、待ち合わせ場所の上士幌航空公園キャンプ場についたのは18時すぎで、macさんとcarrotさんはすでに先着され、テントと宴会用のスクリーン・テントも設営済みだった。キャンプ場は空いていて、車はおふたりのフォレスター1台のみ。バイクも私のほかに2台ほどしかいなかった。おふたりは今日は中富良野からの移動で、15時には到着されていたとのこと。料理の仕込みもすでに済ませておられた。

 

 上士幌航空公園キャンプ場 

 

 とにもかくにも挨拶をして荷を解く。おふたりのテントのそばに荷物をはこぶが、おふたりにも手伝っていただいた。私は風呂にはいってきたがおふたりはまだとのことで、フォレスターでふれあいプラザにむかわれた(macさんはBMW乗りのライダーでもある)。その間にテントをととのえて料理をつくろうとするが、蚊が多い。まわりを何匹もの蚊にかこまれて何もできなくなる。ここでこんなに多くの蚊にたかられたのははじめてだが、急いで蚊取り線香をつけると、蚊はよってこなくなった。しかし蚊取り線香がなかったら、ここにはいられなかったにちがいない。

 テントをたてて料理にかかる。水場にいってきゅうりとみょうがを切り、そば用のめんつゆに漬ければ、きゅうりとみょうがのめんつゆ即席漬けの完成である。20・30分おけば味がしみるので興味のある方はおためしあれ。ただし長くつけると辛くなってしまうからご注意を。

 つづいてアスパラガスとおくらを茹でる。そしてカツオをそぎ切りにしようとするが、カツオの皮がむいてない。A・coopはむいてない皮の面を下にして刺身をパックし、見えないようにして手抜き品を売るセコイ手をつかっているから憤慨する。皮をひくのはたいした手間でもなかろうに、こういう誤魔化しをしていると、客に見切られるのだよ。

 A・coopに腹をたてつつカツオの皮をひき、そぎ切りにして、きざんだネギとみょうがの薬味をたっぷりとかける。茹でたアスパラガスとおくらは適当にカットして、タコもサラダ風に仕上げた。これらが出来上がったのは18時40分で、おふたりはもう帰ってこられたから、かなり急いで入浴されたのだろう。

 

 macさんのスクリーン・テントで宴会

 

 スクリーン・テントに料理をはこんで乾杯した。おふたりは私の料理が火を使わない魚の刺身だろうと話されていたとのこと。最近キャンプの宴会では刺身ばかりなのでメニューがよまれているようだ。カツオの刺身を見たmacさんは、カツオにはニンニクがあうよね、とおっしゃって、生ニンニクをカスタム・ナイフできざみだす。あわせてわさびやマヨネーズなどの調味料がつぎつぎととりだされる。キャンプの装備もそうだが、食器から調味料にいたるまで料理の道具は考えられないほどの充実ぶりで、眼を見張るほどだが、macさんのキャンプを見慣れているので、それを自然に受け入れている私がいた。

 おふたりの今回の旅は予定変更ばかりだったとのこと。小樽に到着すると天候がくずれそうだったので、後日いくはずだった和琴に一気に移動されたそうだ。和琴で天気が悪いと景色がたのしめないからだが、それで日程がバラバラになってしまったとのこと。和琴ではヒメマスのチャンチャン焼きを賞味されたそうだが、あれはじつに美味しい。その後は晴れて絶景だった旭岳散策や無料の穴場キャンプ場の話をうかがう。富良野のキャンプ場に住んで朝出勤していく人がいたことや、霧多布のキャンプ場の管理人さんが親切で、風が強いからバンガローをつかわせてくれたことなどをお聞きした。

 私もオホーツクの海岸線を北上中、突然前の車が急停止したのでなんだと思っていると、真っ黒い四つ足の動物がはいでてきて、熊か、と思ったら、黒いヘルメットのライダーだった話や、ピヤシリ越林道の深ジャリにハンドルをとられ、これはコケる、そのうちコケる、きっとコケる、と思って走ったこと。雨でカメラが不良になったこと。稚内の北防波堤ドームにいた手招きオヤジのことなどを話した。

 

 macさんのチキンのトマト・ソース

 

 しかしなんといっても気になるのは台風のことである。首都圏にむかっている台風は、そのまま北海道にやってくることも考えられ、その進路によってはフェリーの欠航もありえることで、おふたりの小樽・新潟航路と、私の苫小牧・大洗航路で、悲喜あいわかれることもあるかもしれず、心配でしかたがないのだった。

 macさんは旭川の銘酒、国士無双をふるまってくださった。刺身には日本酒があうよね、とおっしゃって。コッヘルに銘酒をついでもらおうとすると、carrotさんがコッヘルでお酒を飲む男性はとても男らしいと思うけど、コップで飲んだほうが美味しいからと、グラスをだしてくださる。国士無双はフルーティーで上品なお酒だった。しかし今年の北海道はあたたかい。いまもシャツ1枚ですごしているが、例年ならばセーターを着込んでいるはずで、おふたりも今年は一度もセーターを着ていないとのことだった。

 お酒がすすみだんだんと酔っていく。話題も次からつぎへとうつってはとまらない。さるふつ公園キャンプ場の管理人の話をする。対応が悪かったから、相手に何も言わせずに、トン、トン、トン、トーン! と仕事モードで切り捨てた話をすると、macさんもさるところで、トン、トン、トン、トーン! とされたそうだ。

 年越しの潮岬キャンプの話になる。私はいったことはないのだが、年末年始におふたりは昨年につづいて越年キャンプにでかけられるそうだが、また眼を見張るほどの装備で参加されるのだろう。国士無双はあいてしまい、macさんはお気に入りのワインをとりだしてくださったが、私はワインの味はわからない。それでいつものさつま白波にする。carrotさんはずっと缶チューハイだ。

 macさんの仕込んでくださったチキンのトマトソース煮をいただく。carrotさんのキノコ汁も。両方とも手間のかかった料理でとても美味しかった。たのしくて夢中で話していたのだが、気がつくと23時30分になっていたのでお開きとする。それでも意地汚くもう少し飲もうと、焼酎のはいったコッヘルをテントにもっていくが、シュラフの上に横になると心地よくて、酒に口をつけることなくすぐに眠ってしまった。

                                                           433.8キロ