9月4日 利尻を2周 左回り、右回り

 

 朝の海岸線 雨があがる

 

 3時30分にトイレに起きたが強い雨は降りつづいていた。起床したのは5時40分である。雨が降っているのでノロノロと起きだしてインスタントラーメンを食す。食器をあらっていると午後から晴れるとラジオで言っている。『お天気祭り』がきいたのか空も明るくなってきて雨もあがりそうだ。こうなると俄然元気になり、テントを干したままにして、空荷のバイクで礼文林道や桃岩を見にいくことにした。

 昨夜macさんから電話をいただいたことに気づいたが、早朝なので後でかけることにして、6時50分にカッパを着込んで出発した。海岸線にでて元地にむかう。雨はやんだので海の横で写真をとるが、テールランプがつきっぱなしになっていることに気づく。ライト・スイッチを入れたり切ったりし、ブレーキ・レバーやブレーキ・ペダルを踏んでもみたのだが、ランプは消えない。雨でどこかおかしくなったようだが、これも嫌な感じだった。

 キャンプ場でいっしょだったチャリダーは思ったよりも年をとっていた。自転車の旅人は20くらいだろうと勝手に思っていたのだが、朝炊事場に水をくみにいった彼は20代後半で、あまり円満でないような印象をうけた。雨に降りこめられて不機嫌だったのかもしれないが、その風貌を見て話しかけるのはやめておいた。

 港のある香深から海岸線をはなれて丘陵帯にのぼっていく。すぐに礼文林道の入口があり、車の通行は自粛してください、と書いてある。礼文林道にはいるとキャンプ場にもどってしまうので、ひとまず林道入口を通過していくと桃岩展望台の案内がある。それにしたがって細くて舗装林道のような道をいくと駐車場についた。

 駐車場から丘の上に階段がのびていて、桃岩展望台まで歩かなければならないようだが、のぼるのを躊躇するほどの階段の長さだ。どうしようかと迷ったが、せっかくここまで来ているのだからいくことにした。朝早いので駐車場にいるのは私ひとりである。ハイカーははるか彼方にひとりだけ歩いているのが見えた。

 急な階段をのぼっていく。振り返ると駐車場においてあるDRが小さく見えて、その先には海岸線と海があり絶景である。木がなくて潅木におおわれているから草原のように見える丘と、霧でかすんだ海がひろがって、足をとめて見入ってしまう光景だった。

 

 巨大な桃岩

 

 階段をのぼりきって展望台につくと桃岩が正面に見えた。あれか? あんなに大きいのか? と思いつつ見ていたのが桃岩だった。ものすごく大きな岩山だが、たしかに桃の形をしている。薄く緑をまとった桃の形の巨岩なのだ。そして視線を海に転じると、奇妙な形の岩がたっていて、これが猫の姿をしているという猫岩なのだった。猫岩のあるダイナミックな海岸線も絶景で、桃岩の巨大な岩山がそそりたっているのも他では見られないものであり、スコトン岬とトド島といい、海の横ギリギリをいく道といい、透きとおった海の色など、たしかにこれらに触れれば礼文の虜になってしまうのがわかろうというものだ。

 

 海中にたつ猫岩

 

 ふと気づくと人の叫び声が聞こえる。幻聴のようにかすかに聞こえ、声は高まったり低くなったりする。ひとりやふたりの声ではなく、何人もの男女が絶叫しているようで、これは高名なYH、桃岩荘の宿泊者たちが雄叫びをあげているのだろうと考えた。

 まわりの風景に魅入られていたが、写真をとっていないことに気づいてカメラのスイッチをいれた。するとカメラが起動しない。スイッチを何度いれてもダメである。昨日の雨で壊れてしまったようだ。しかたなく携帯のカメラでとるが、これでは不便だし、画像の質もよくなくて困るのである。デジカメは何度もスイッチを入れていると復活したが動作が不安定だ。少しくらいの雨なら濡れても大丈夫だろうと思ったのだが、携帯同様デジカメも雨に弱いのは当たり前のことで、私の考えが甘かった。

 桃岩と猫岩の眺望に満足してバイクで元地方向に丘をくだっていくと、若いトレッキングの男女10名ほどとすれちがう。外人の男性もひとりまじっている彼らはとてもフレンドリーで、ひとりずつ会釈をかわしていくが、彼らがさっき雄叫びをあげていた桃岩荘の人たちで、これから4時間コースか8時間コースのハイキングにむかうものと思われた。

 海岸線にむけてさらにくだっていくと『桃台猫台』の看板がある。桃岩と猫岩の両方が見える展望台のことで、脇道にはいって寄っていくことにした。分岐からすぐに駐車場があり、バイクをとめるが、この先にYHの桃岩荘がある。ここにあったのかと思ったが、さっき桃岩展望台で聞いた絶叫はYHの前であげたものなのだろうか。もしもそうだとしたらかなりの距離があったので、彼らは天晴れである。

 桃台猫台の階段をのぼっていると携帯が鳴った。相手をみるとmacさんで、これはしまった!、まだ朝早いからと油断していたら、またかけていただいてしまった、と思いつつ電話にでると、現在遠軽にいらっしゃって、これから旭岳にむかい、姿見の池周辺を散策されるとのこと。天候はやはり回復しているそうだ。私は、現在礼文島の桃岩の前にいて、これから利尻にわたる予定です、と話した。そして明日の夕方、上士幌航空公園での合流の確認をして電話を切ったが、桃台猫台にのぼりつつ会話をしたので息が切れ、なかなか話をつづけることができなかった。

 桃台猫台とはよくぞ名づけたものである。海を見れば猫がたち、ふりかえれば桃岩がそびえているのだ。しばし見とれたが、9時55分のいちばんのフェリーで利尻にわたりたいので、先をいそぐことにした。

 元地にむかう。朝早い元地には観光客は皆無で、地元の人と道路工事の人しかいなかった。わずかに学校にむかう中高生もいる。その静かな集落の道をDRで通りぬけていく。やはり家は貧しげで、金がまわっていない印象である。島の産業としては漁業と観光、それに公共工事くらいしかないと思われるが、工事の人の顔には苦労がでているように見えたのは私の思い上がりか。いずれにしても地元の人からすれば大きなお世話だろう。

 

 元地の地蔵岩 行き止まり

 

 元地の先には地蔵岩がある。集落のはずれ、地蔵岩の手前で道はとぎれている。行き止まりの手前に駐車場があり、本来は入れないのかもしれないが、まったく人も車もいないので、行き止まりまでバイクを乗りつけて、写真をとってUターンした。地蔵岩は海岸線に静かに、すっくとたっていた。ところでこの付近にはカモちんさん推薦のウニ丼の佐藤商店があるはずなのだが、まだ時間が早くて開店していないのか見あたらなかった。

 いよいよ礼文島最大の目的地の礼文林道にむかう。フェリーの時間が気になるのでいそぐ。9時55分の船なので9時にはフェリー・ターミナルについておきたい。船会社のアバウトな運営を考えれば、9時20分でもいいのかもしれないが、9時と予定しておいたほうが何かで手間取った場合を考ても堅いだろう。となると8時にはキャンプ場にもどってテントなどの撤収にかかりたいので気が急くのだ。

 

 礼文林道 稜線にでると海が見える

 

 林道の入口にはすぐについて、『ここは狭い林道ですれちがいが困難なため車での通行は自粛して下さい』と看板がたっているが、私はすれちがいができない自動車ではなく、身軽なバイクなので自粛せず、礼文林道に進入した。林道は登山道のような道で、車がやって1台とおれるほどの幅だが、走りやすいものでおだやかに高度をあげていく。林のなかをぬけて丘にのぼっていくと、やがて稜線にでて視界がひろがった。まろやかな輪郭の丘陵と荒々しい海岸線、そして海と空のコントラストがすばらしい。空と海と丘陵帯のただなかにいる自分を自覚して、風景に見とれつつ稜線をいくと林道はくだりだし、とたんに道は荒れてきた。

 下りは急坂で、朝までの雨でぬかっており、しかも轍が深くえぐられていて、ガタガタの道だ。乾いていればなんということもないのだが、ぬかるんでいてすべるので気をつかう。急坂を慎重に下りきり、8キロの礼文林道を走破したが、ほかにバイクや車、ハイカーもいず、ここも私の貸し切りだった。礼文林道は逆方向に走ったほうがより景色をたのしめると思われるが、絶景がのぞめるのは稜線の短い区間だけで、ほとんどは林のなかの道である。

 礼文で予定していたところはすべてまわった。これからフェリーで利尻にわたり、利尻島を周遊して夕方の便で稚内にもどれば予定通りだが、そうなるのかは私にもわからない。利尻島が気に入れば利尻に泊まるかもしれず、それはその場、そのときになってみなければわからないことで、その瞬間に己の行動を自由にできることが、なにより美点の放浪の旅だ。

 礼文林道から緑ヶ丘公園キャンプ場まではすぐだった。雨は礼文林道を走っているあいだに完全にあがり、8時10分にキャンプ場にもどって撤収にかかる。テントをひっくりかえしてマットとともに干し、なるべく乾燥させるようにして、ほかのものからパッキングをしていく。ところでこのキャンプ場にはカラスが多く、食品などを盗むので注意が必要だ。私が荷物をひろげていると、2・3羽の黒い奴らがやってきて、カーカーとうるさく鳴いて私の隙をねらっていた。

 テントは乾ききらなかったが9時には荷作りを終えて出発した。このキャンプ場は料金は高いがゴミは捨てられる。不用なものはすべて処分させてもらったが、昨日買ったコンブ焼酎のビンも捨てさせてもらった。一晩ですべて飲んでしまったわけではない(念のため)。荷が軽くなるようにペットボトルにうつしたのだが、残った量を見て自分でも飲みすぎだと思うのだが、反省はしないのだった。

 管理人さんに会釈をしてキャンプ場をでる。チャリダーは出発する気配も行動しそうな感じもなく連泊のようだ。フェリー・ターミナルには9時10分について、利尻島の鴛泊港までのチケット、大人2等780円とオートバイ750cc以下1820円の合計2600円を購入する。ここでも乗船時間になったら放送をすると言うのだが、当てにならないなと思うのだった。

 今回はチケットをバイクのミラーにしっかり取りつけておいた。そのバイクを待機所にとめるとターミナルのトイレにいって手と顔をあらう。放浪中は洗顔できるときに石けんでよくあらうことにしている。とくに昨夜は風呂にはいれなかったから、バンダナはなんだかにおうし、体もキャンプ臭くなってきたかなとも思うので。そしてベンチでメモをつける。やがてフェリーが港にはいってきたのでバイクのところへいくと、DRにカラスがたかっているではないか! 4羽のカラスがバイクにとまり、カーカーとわめきつつ、くちばしでつかめるものはなんでもくわえては、無理無体に引っぱって持ち去ろうとしている。信じられない光景だ。都会のゴミをあさるカラスでもこんなに傍若無人ではない。走っていった追い払ったが、後になってこの珍しい情景をカメラにおさめておけばよかったと思った。しかし礼文のカラスは性悪だ。

 

 利尻にわたるフェリー

 

 フェリーに乗り込んだバイクは私のDRとハーレー2台だけだった。車も2台ほどでほとんどいない。船内も空いていて2等の30畳ほどの大部屋にすわったのは、私とカップルの3人だけだ。40分ほどで鴛泊港につくとのことで、乗船してすぐに携帯の充電を開始しメモをつける。9時55分に出港して10時35分に利尻島につく予定だが、眠ってしまうとこの船は稚内までいってしまうので、そうならないように気を張ってすごした。

 利尻島はすぐそこに見えているのだが、島をまわりこんでいくので40分もかかるようだ。しかし10分は出港と接岸作業につかわれるから、じっさいには30分ほどの距離である。離れていく礼文と近づいてくる利尻をながめているとよく晴れてきた。

 あと10分ほどで着岸かというときに船尾の車やバイクの下船ゲート近くにいくと、船員が、バイクの方ですか?、と聞く。そうです、と答えると、どうぞ、と船倉におりる階段にかけてあるチェーンをはずして下にいかせてくれた。フェリーはまだ外洋を定速航行中である。なるべく作業を早くしたいがためにそうしているのだろうが、やはり離島のフェリーの運営はアバウトだ。

 フェリーのゲート下にたって船の接岸とロープでの固定作業を見守る。ロープはフェリーから岸の作業員に投げられるが、ロープを投擲するときには、ロープの先につけられた遠投用のオモリーー漁に使う木製のブイのように見えるーーをグルグルとふりまわして、勢いをつけてから放る。陸上の作業員がそれを受けとってひっぱり、岸壁のコンクリートに埋め込まれた固定金具に結ぶのだ。

 

 快晴の鴛泊港

 

 船が着岸してからほかのライダーやドライバーは船倉にやってきたから、先についていた私はいちばんで利尻島に上陸した。私のTMには鴛泊港に漁協の直営店があり、ホッケ定食がよい、とメモしてあった。ここで昼食をとるつもりで、ホッケは昨日たべたから他のものにするつもりだったのだが、その漁協の店が見あたらない。フェリー・ターミナルのなかとすぐ向かいに観光客用の食堂はあるが、いかにも観光地の店というところで食事をとるのは味気なく感じられる。ウニ丼3000円という張り紙と有名人の色紙がはられている店があってそそられるが、漁協の店をさがしてみることにした。

 礼文からいっしょにわたってきたハーレー2台がやってきたので会釈をかわす。彼らは30くらいの2人組だが、日本人と外人のコンビだった。鴛泊港から道道にでていくと気になる店がある。寿司店のような冷蔵ケースのある店舗だが、客がひとりもいないので入りづらくて入店しなかった。すすむとまたすぐに地魚料理の店があり、ソイ刺し(黒ソイ)の看板もあって気になるが、漁協の店に心をとらわれているし、また鬼脇に漁師がやっているウニ丼専門店があると、るるぶにのっており、それをTMに書き込んでもきたので、その小料理『花びし』という店も気になるからはいらなかった。

 先へいくと甘露泉水の看板がある。ここは是非ともたずねたいと思っていたのでまずここにむかうことにした。道道からはなれて林のなかへのぼっていく。ここはじつに気持ちのよい道で利尻はよいところだと思う。やがて利尻北麓野営場について駐車場にバイクをとめるが、駐車場で車中泊をしても宿泊料金をいただきます、とか、勝手にテントを張るな!、という張り紙がいくつもあって利用者のマナーが思いやられるが、今はもう夏休みの喧騒は去って、キャンプ客もほとんどいないようだった。

 キャンプ場の管理人の女性に甘露泉水への道順をきいてーーただまっすぐいくだけだったーー560メートル先の目的地に歩きだしたが、これが登り坂であなどれない。登山道とおなじくキツイのだ。100メートルごとに案内板がたっているが、キャンプ場をでないうちに早くもバテバテとなってしまった。

 都内ナンバーのライダーのテントがひとつだけたっているキャンプ場をぬけて、林のなかをのぼっていく。太い木が多く森が深い。560メートルはこんなにも遠かっただろうかと思いつついくと、最後に、あと50メートル、の看板もたっているから、シンドイのは私だけではないようだ。

 

 甘露泉水 軟らかい日本の水、軟水だ

 

 ようやく甘露泉水に到着した。名水100選の薄暗い森からわいてくる清水だ。さっそく飲んでみると冷たくて美味しい。やわらかい水、軟水である。これが日本の水の味と口当たりだ。水を飲んで休憩し、写真をとってまた水を飲み、甘露泉水を後にした。

 鴛泊港にもう一度もどってしつこく漁協の店をさがす。漁協のスーパーはあったが食堂はない。もうひとつのフェリー港である沓形港のまちがいだろうかと考えて、時計と反対まわりに島をめぐって沓形にいくことにしたが腹がへってきた(これをお読みのあなたはもう薄々お気づきかもしれないが、漁協の店というのは礼文島のまちがいであって、私の記入ミスなのだった)。昨夜の夕食もコンブ焼酎とこだわりの柿ピーだけだったせいか、なんだかGパンのお腹の部分がゆるくなったような気がするから、痩せたようだ。

 海岸線の道道105号線にでて60キロでゆったりと走る。右手には礼文島が見えていて、じつに景色がよくて気持ちも晴れ晴れとする。礼文も利尻もこんなによいところなのだから、もっと早く来ればよかったと思う。19℃と表示されているが日差しがあるので気温よりもずっとあたたかく感じられる。しかし腹がへってきた。沓形の町にいけば漁協の店のほかにも、何かあるだろうと考えて走っていった。

 鴛泊から沓形までは13キロなのでゆっくり走ってもすぐにつく。沓形の町にはいろうとするとちょうどフェリーがやってきたので、フェリーと競争だと思って町に走りこんでいった。フェリーに勝って町の中心部にいたり、食堂はないかと物色していくと、寿司屋は1件あったが休みなのでフェリー港にいくことにした。

 沓形港は鴛泊港のように観光客むけの食堂やみやげもの店もない、フェリー・ターミナルしかない殺伐としたところだった。それでもまわりを見てみると、かもめ食堂の看板を発見した。その矢印にしたがって港の奥にいってみると、コンクリート建築の大きなレストランがあり、これでようやく食事ができると思ったが、ここも休みだった。どうやら8月の繁忙期がすぎて、どこもかしこもまとめて休みをとっている印象である。どこにいっても貸し切りのところが多いから、それはそれで嬉しいのだが、そのせいでお店がやっていないのは痛し痒しだった。

 隣接する沓形岬の展望台が見えているのでいってみた。ここはキャンプ場が併設されていて、以前は無料だったが現在は1泊300円とのこと。300円は適正料金だと思うが、いまのところ利尻島に泊まるつもりはない。バイクをとめて展望台にいくと磯と礼文島が見える。すばらしい景観で、やはり礼文と利尻はよいところだと思うのだった。

 沓形の町にもどって食堂はないかと見ていくが、セイコマはあったがレストランはない。よほどセイコマで弁当を買って、これからいく見返台公園で食べようかと思ったが、利尻島まできてコンビ二弁当にはしたくないのでやめておいた。またふつうの食堂が1件あり、辛いラーメンがおすすめと看板をだしていたが、同様の理由で入らなかった。いずれにせよ鬼脇までいけば漁師のつくるウニ丼があるわけだから、それにしようと考えてコンビニと食堂を利用するのはやめておいた。

 沓形をでて利尻富士にむかってのぼっていき、見返台公園展望台にむかう。TMには『眼下に広がる原生林を一望』とある。道は林のなかをいく狭い道路で舗装林道のような趣である。深い樹林帯をいく風景は、山形の月山5合目にのぼる道と似ているように感じられた。

 

 見返台公園展望台から沓形の町をのぞむ すばらしい景色がうまく撮れてなくて残念

 

 見返台公園の駐車場には12時についた。ここから階段が山の上にのびていて、展望台まで10分かかると案内がでている。空腹でのぼることがためらわれるが、せっかくだから歩くことにすると、ここもキツイ。体がなまっているので思うようにのぼれないが、それでも10分かからずに7分ほどで到着した。展望台は風があって涼しい。そして眺望はすばらしかった。右手には礼文島が見える。真下には沓形の町と港があって、原生林と海、そして雲の残る空がそれぞれ主張しあっているが、左手では雲が切れてきて太陽の光がさしこみ、空の光とかがやく海が一体となって、まばゆくきらめいている。その海と空の境目を見きわめようとするのだが、太陽光とその反射の海のきらめきが溶けあっていて、どうしてもわからない。右手の礼文、眼下の沓形の町と港、左のかがやく海と空を何度も見て、振り返ると利尻富士があるはずなのだが、残念ながら雲がかかり、その姿を見ることはできなかった。

 予想以上にすばらしい景色を後にして、またバイクで海岸線にもどっていくが、沓形が利尻でいちばん大きな町なのだそうだ。飲食店は鴛泊のほうが多いが、住宅は沓形にたくさんあるようだ。そして利尻には新しい家が多数ある。礼文とちがって豊かな感じで、子供もおおぜいいるし高校もある。クラウンやアウディ、大型ピック・アップ・トラックも走っているし、フェレットを2匹つれて散歩している女性もいた。老人が多くて古くて小さな家ばかりだった礼文とはだいぶ印象がちがうが、私は礼文のほうが好きである。より何もないほうがよいと思うのは、観光客の身勝手だろうが。

 

 仙法志御崎公園から利尻富士をのぞむ

 

 島内一周は54キロとのこと。海岸線をまたゆったりと走っていくと仙法志御崎公園があったのでバイクをとめた。駐車場で何気なくふりかえると利尻富士が見える。いつの間にか雲が吹き払われて見えるようになっていたのだ。さっそく利尻富士をバックに写真をとり、TMに『アザラシがいるよ』と書いてある磯にいってみると、いけすはあるがアザラシはいない。かわりに紫ウニが網にいれてあり、自由に見られるようになっていた。ここは荒磯でダイナミックな海岸線なのだが、海よりもどうしても利尻富士を見てしまうのだった。

 

 オタドマリ沼

 

 左手に利尻富士をのぞみつつ快走する。鬼脇は近い。ウニ丼が待っていると思って走っているとオタドマリ沼の看板がでていたので、バイクを駐車場にむけた。ほとんど観光客のいない小さな沼の前にDRをとめて写真をとっただけで去るが、ここには観光客用の食堂が2件あり、ウニ丼や海鮮丼を売り物にしている。店の前に料理の大きな写真を張りだしてアピールしているのだ。鬼脇のウニ丼がなければここで食事をしただろうが、横目で見ただけで通過した。

 ようやく鬼脇の町にはいった。小さな町である。スピードを落として店の看板を見ていくが『小料理花びし』はない。そのまま町を通りすぎてしまい、そんなはずはないともどってみるが店はなくて、交番でたずねようと声をかけるが犬が吠えるばかりで人はいないのだった。ここまで花びしのウニ丼と思って走ってきたので諦めきれず、漁師の店ということだから、町ではなくもっと先にあるのだろうかと鬼脇の町をでていくが、やはりない。4年前の情報だから店はもうなくなってしまったのか、それとも9月にはいって休みをとっているのか、いずれにしても店をみつけることはできなかった。

 ありきたりの店よりも、あまり人が利用しない料理屋のほうが情報としての価値が高いと、色気をだしたのが失敗だった。しかし鬼脇でウニ丼と思い込んでいただけに脱力してしまう。この上は鴛泊にもどって昼食をとるほかないと思うのだった。

 住宅の少ない地域にはいった。東海岸は気候がきびしくて家があまりないのだろうか。しかしここからは樺太が見える。建物が識別できるほど近く、工場か灯台らしきものがのぞめた。ところで戦争で負けてロシア領になってしまったから、国際的にはサハリンと呼ぶのが正しいのかもしれないが、私は樺太としたい。日本にとって樺太はあくまで樺太なのだから。

 右手に樺太をのぞみつつ北上すると姫沼の入口についた。姫沼を見てから鴛泊にいこうかと思ったが、時計を見ると13時35分である。これ以上昼食が遅くなるのは嫌なので、姫沼は後回しにして鴛泊にむかうことにした。

 姫沼入口から鴛泊まではすぐで、もう島を一周してしまったのである。ところで食事にいこうと考えていたのはソイ刺しの看板をだしていた地魚料理店で、すぐに店についたのだが、客は男女のふたりがはいっているが暖簾はでていない。昼の営業は終わってしまったのかと思い、もうひとつ気になっていた冷蔵ケースのある店に転進する。こちらは相変わらず客はいないのだが、営業中だったので入店した。

 はいったのは『海鮮処かのう亭2号店』という店である。2号店ということは1号店があるわけで、それをメニューで確認すると、今行って暖簾がでていなかった地魚料理店が1号店なのだった。どちらにはいってもおなじだったのかと思いつつ、ここはやはりウニ丼2800円だろうかと思う。ウニの本場だし、ウニ丼というものを食べたことのない私としては、はじめて試してみようかと考えたのだ。しかしウニだけというのもいつものことながらためらわれるのである。海産物でウニだけが美味しいわけではないから、いろいろな海の幸を味わいたいと思うのだ。したがって豪華海鮮丼2500円にも惹かれるのである。

 気持ちがさだまらないので店員を呼んで何がおすすめなのか聞いてみた。するとウニ丼か、豪華海鮮丼(よいネタをつかってます)、またはホッケ定食1340円がおすすめとのこと。迷ったが海鮮丼にウニがのっていることを確認して、豪華海鮮丼にすることにした。

 

 豪華海鮮丼

 

 ウニ丼にしようかと考えるといつも海鮮丼をえらんでしまうのだが、でてきた豪華海鮮丼は見ているだけでも楽しくなる一品で、食べてみても満足の料理だった。ところで私の後に50くらいの夫婦がやってきてホッケ定食と天ぷら定食1340円を注文したが、この天ぷら定食もすごいボリュームで、もしもまたここに来ることがあったなら、これにしようと思うほど美味しそうだった。またこの店は夜が本業のようで刺身や焼き物の一品料理が多彩だ。豪華海鮮丼のネタのなったものが主だが、これらをツマミにして一杯やったら最高だろうなと思う店だった。

 14時05分に『海鮮処かのう亭2号店』をでた。店の前はGSでレギュラーが175円とでていてびっくりしてしまう。島のガソリンは高いだろうとは思っていたが、これほどとは考えていなかった。食事の前にいくのをやめた姫沼にもどっていく。海岸線の入口から姫沼まで3キロとのことだがものすごい急坂だ。レンタサイクルでのぼっている人がいたが、自転車がサイクリング車ではないので、最後まではとうてい行きつけないのではなかろうかと思われた。その横をバイクの私は一気に走りぬけていく。3キロは一瞬ですぐに駐車場に到着した。

 バイクをとめて姫沼に歩くがここは人造湖だそうだ。元々湖沼地帯だったところを工事で大きくまとめて、ヒメマスの養殖をしたからこの名になったとのこと。オタドマリ沼とちがってひっそりとしたところだった。

 利尻島はこれですべてまわったことになるが、これだけで島を去るのはさみしいので、逆まわりにもう一周めぐってみることにした。稚内にいくフェリーは16時発と17時30分発なのでまだ時間はある。釣りもしてみたいし、昨日は雨に降りこめられて風呂にはいっていないから、利尻富士温泉にもつかってみたい。もっと利尻に触れていたいと感じて、樺太の島影をながめながら海岸線を南下していった。

 釣りのできるような港はないかと物色していくと、ウニ丼の花びしが見つからなかった鬼脇の漁港が眼につく。小じんまりとした港で、ここで竿をだしてみようかと考えるが、密漁するな、と看板がたくさんでているのが気にかかる。釣りは密漁ではないが、首都圏とちがって地方には独特のルールと常識が存在することがあるから、たまたま近くにいた漁師さんに聞いてみた。
 釣りは密漁ではありませんよね、と。もちろんだ、との答え。そして、何が釣りたいの?、と聞かれ、特定の魚をねらっているわけではなく、一時ここで釣りの時間を持てればよいと考えていた私は、かかればなんだっていいんです、と答えると、7月までは鮭がよっていたんだが、今は何も釣れないよ、とのこと。だれもやっていないでしょう?、と。

 たしかに釣り人は皆無だ。しかし北海道の地方の人はあまり無駄な遊びはしないようだから、小魚などは釣ろうともしないのではないかと思っていた。私は小さな雑魚が1・2尾かかれば大満足なのだ。

 何が釣りたいの?、とまた聞かれ、小魚が釣りたいんですよ、と答える。鮭がかかったら折れちゃうような竿なので、大きな奴は困るんです、とより具体的に伝えるが、やはり小魚を釣りたいという気持ちはわからないようで、漁師さんは、やっぱり鮭がいいよ、と言っていた。7月にまた利尻に来ることがあったなら、鮭用の豪竿を持参するとしよう。しかしバイクにそんなゴツイ竿を積むのはたいへんそうだが。

 漁師さんに礼をいって、何も釣れないよとのことだが、ここでやってみることにする。港を見て北の突堤の先端がいちばん潮通しがよさそうなので、バイクで近くまでいき、釣り道具をもって堤防を歩いていく。海ではコンブ漁の漁師が木っ端舟にのり、箱めがねで海中をのぞいてコンブをとっている。岸辺のすぐ近くでもとれるのでおどろくが、そのコンブは名産の『利尻昆布』なのだ。

 

 鬼脇漁港 小魚を狙う

 

 突堤の先端にはカモメの先客がいた。身じろぎもせずに沖をながめている哲学的な奴だった。そのカモメにどいてもらってーーありていに言えば追っ払ってーー釣り座につく。仕掛けをセットして投げてみるが、プロの漁師さんの言うとおりまったくダメだ。魚のいる気配がなく、海のなかが静まりかえっている印象である。ちょうど潮も止まっていたようで時合も悪かったようだ。しかし利尻で釣りをしているということだけで大満足していた。海の透明度は高く、足下のグリーンがかった青い海の底にはコンブがゆらめいているのが見える。深さは5メートル、いや7メートルくらいか。あるいは10メートルかもしれない。透きとおっている水のなかで、太陽光が複雑に屈折していて、何メートルともはかりかねる海だった。

 当たりがないので少しずつ仕掛けを引いてくると根がかりしてしまい、仕掛けをロストした。新しいものに代えるが風がつよい。けっきょく仕掛けを3個うしなって釣りをやめた。

 15時30分に鬼脇漁港をでた。2回目の島一周はスピード・アップして80〜90キロで快走する。利尻富士にはまた雲がかかってしまった。島をまわりこんでいくと礼文島が見えてくる。もしかしたら16時のフェリーに乗れるかもしれないと考えるが、鴛泊港手前の利尻富士温泉への分岐で時計を見ると、ちょうど16時で、最終便での稚内行きが決定となり、温泉にむかった。

 利尻富士温泉は甘露泉水にむかう途中にある。海岸線からまた気持ちのよい林のなかをのぼっていく道をいき、3キロほどの道のりである。温泉は新しくて清潔な施設で料金は500円だが、貴重品をいれるロッカー代が別に100円かかる。公共の温泉ではほとんど無料でロッカーはつかえるから、お金に細かい私としてはこれが大層不満だった。

 温泉はよい湯だった。ジャグジーにサウナ、露天風呂もある。のんびりとすごそうと思うが、根っからせっかちだし17時30分発のフェリーが気にかかり、15分ほどであがってしまう。脱衣所でザックの荷物をつみかえていると、50くらいの男性に、
「利尻富士にのぼってきたのですか?」と話しかけられた。
「いや、登山はしないんですよ」と答えたが、ザックを見て登山者と思ったとのこと。男性は今朝利尻富士にのぼろうと思ったが、天候がよくなかったため明日にしたと言う。頑張ってくださいとはげましたが、相互リンクしていただいている永久ライダーの北野さんの、昨年の利尻富士登山のレポートを読んでいたので、
「かなりキツイらしいですね」と言うと、
「そうなんですか?」と聞いてくる。
 私はのぼったことはないですが、友人が昨年登頂して苦労したと聞いています、と答えておいた。9合目から先は足元がさだまらず、ズルズルとすべるようなところをロープにつかまっていくみたいですよ、と。男性は服を脱ぎながら、そうなんですか、とうなずいていた。少したって、北野さんのレポートには9合目に、ここからが正念場、という看板があったことが紹介されていたことを思い出し、それを男性に伝えようとすると、すでに風呂にいった後だった。

 駐車場のバイクのもとにもどると、タンクバックに入れておいたはずの帽子が地面に落ちていた。おなじくタンクバックにおさめておいたはずの充電システムをいれたビニール袋も引き出されている。これは車上荒らしなのか? と思って充電システムをいれておいたビニール袋を手にとると、ボロボロになっていた。これは奴の仕業か? 電線の上にいる2羽の黒い奴をにらむが、彼奴らは素知らぬ顔でカーカーと鳴いている。奴らのせいにちがいないから、盗人猛々しいとはこのことだ。しかしタンクバックのチャックのすき間にくちばしを入れて、中の物をくわえてひっぱりだしてしまうだから、利尻と礼文のカラスは油断がならない。ところで利尻富士温泉の駐車場には甘露泉水がひかれている。560メートルの山道を歩きたくない人は、ここで甘露を味わうことができるのだ。『水飲み場』と味も素っ気もない案内しかでていないから、気づかない人のほうが多いのだろうが、『水飲み場』にいってみると甘露泉水と書いてある。

 

 鴛泊港のバイク待機所 ペシ岬を背景に

 

 16時40分にフェリー・ターミナルについて稚内まで大人2等1980円、バイク750cc以下3640円、合計5620円のチケットを購入した。チケットを買った職員はピアスをつけた若い男性である。チケット売り場のような会社の顔ともいうべきところに、ピアスをつけた男がいることにおどろいたが、こうなると若者をためしてみたくなる舅根性がでて、フェリーは何時頃につくのか、いつから乗れるのか、どこで待てばよいのかと聞いてみた。すると以外に素直な彼は、17時10分には船はついて、17時15分には乗船でき、待機場所はここですと、ハキハキと答えて私の偏見を打ち砕いてみせたが、やはりピアスをつけた職員がいるのは運営がアバウトだなとしか思えないのだった。

 フェリーを待つあいだにターミナルの前の店をのぞいてみた。カニは安くない。これなら道内のどこで買ってもおなじだから買う気になれない。またレンタカー店が3件あり、どこも3時間で5千円ほどの料金を提示している。利尻島の観光は3時間が標準のようだが、たしかに車でゆっくり一周しても2時間くらいだろうから、妥当な設定だろう。また永久ライダーの北野さんが、利尻島は利尻富士にのぼるなどの目的がなければ、なんにもない島だ、と語っていたが正にそのとおりで、すばらしいところではあるが、絶景の島、礼文は再訪するかもしれないが、利尻にはもう来ないだろうと思われた。

 港のバイク待機所で冷たいお茶を買って飲みつつフェリーが来るのを待っていると、地元の青年が3人釣りにやってきた。彼らは投げ釣りをはじめて、何もかかったようすはなかったが、ここに生産的でない遊びをする人がいてなんとも嬉しくなった。

 

 稚内行きのフェリーに乗ったのはDRだけ

 

 17時8分にフェリーはやってきた。乗ってきた車とバイクはすべておりてしまい、船倉は空である。そこへ私のバイクだけが乗り込んで、船室にのぼっていくと客はひとりもいない。まさか乗客は私だけではあるまいなと思っていると、徒歩の人たちが乗船してきたが、それでも船内はガラガラに空いていた。

 テレビの前の8畳ほどのスペースを独占して、携帯の充電をはじめると、リュックを背負った小さなおばあちゃんがとなりにやってきて、ふたりで稚内までならんですわる船旅となった。私は一心不乱にメモをつけていて、おばあちゃんは文庫本を読んでいる。テレビは韓国のバラエティー番組しかうつらず、だれも見ていなかったが、BGMがわりにつけたままとした。

 利尻島が少しずつ離れていって日が暮れた。船は揺れることなく航行し、やがて稚内の街の灯が見えてくる。稚内についたら夕食の買いだしをして森林公園でキャンプだなと思う。晴れているから北防波堤ドームでゲリラ・キャンプをすることもない。19時10分の到着予定だが、18時55分には下船案内の放送がはいる。おばあちゃんは早々に席をたってしまい、まだ早いと思ったがいつものように間が持てなくて、船尾の下船ハッチの近くにいくと、
「バイクですか、どうぞ」
 とこれまたフェリーは定速航行中なのだが、階段にかけてあるチェーンをはずして船倉にいかせてもらった。

 バイクのもとにいって出発の準備をするが、フェリーからおりるときはいつも緊張する。それはバイクのエンジンがかかってくれるだろうかという不安があるためだ。毎回かならずエンジンは始動し、苦労したことはないのだが、エンジンが機嫌をそこねたときのキック50発などが胸をよぎるのである。いくらキックしてもエンジンはかからず、どうしたのかと集まってきた船員の前で、何度もキックをする嫌なイメージが浮かんだりもするのだ。なにしろDRは1990年型の17年選手である。しかし私のバイクよりも古いCB750FやZU、CB750Kなども走っているが、彼らも見えないところでは苦労しているのだろうと思うのだった。

 ところで甲板員はタバコをすいながら仕事をしている。着岸、フェリーの固定、車やバイクの固定・解除に従事する船員は5人いるが、全員がくわえ煙草で作業をしているのだ。客の私が見ていてもまったく頓着しないから、彼らには当り前なのだろうが、10年、いや20年遅れている。私の職場のさる部署が、くわえ煙草で仕事をしていたのは15年以上前のことである。この部署だけが煙草をすいながら業務をこなしていたが、いまではそんな非常識な人間はいない。くわえ煙草の船員がいるのは最果て航路の船らしいが、客の前で煙草をすうなどもってのほかである。

 フェリーが接岸すると甲板員はロープの先につけたオモリをグルグルとふりまわし、勢いをつけて陸上の作業員に投げる。ロープが固定されると、機械でロープを巻きとって、船体を岸壁におしつけて固定するのだ。ロープの巻きとり機は船尾に2台あり、くわえ煙草の船員がふたり、呼吸をあわせて2本のロープを巻きとっていく。ロープが機械に巻きとられると、ロープがきしむ、キンキン、という音が響く。胸のすくような男の仕事だが、くどいようだが、くわえ煙草が立派な仕事を台無しにしていた。煙草をすうなというのではない。マナーを守って、客の前や仕事中に喫煙するなと言いたいだけである。

 エンジンは問題なくかかった。すぐにスタートして稚内の地におりたつ。暖機運転もせずにそのまま走りだして、北防波堤ドームの横を通りかかると、まだBMWとGLのサイドカーのライダーがいて、GLのオヤジはまた手招きをしている。冗談じゃないよと思いつつ無視するが、ドームにライダーのテントは増えていたが、オヤジのまわりに人はいなかった。たぶんアクの強い人間でつきあうのに疲れるタイプだと思われる。年も60を越えているし、BMWとGLのふたりで飲んでいたが、ずっとここにいるつもりなのだろうか。そして一日中ライダーを手招きしているのか。その行動は私にはまったく理解不能だった。

 稚内の駅前通りを西にはいり、数年前に利用した相沢百貨店をさがした。食品が充実していたから、今宵のツマミに刺し身でも買いたいと思ったのだが、店がみつからない。たしか駅の近くだったはずだがと、周辺の商店街をグルグルと走りまわると、はじめに入った通りにあった。すでに閉店していて明かりが落ちていたため気づかなかったのだ。

 しかたがないのでコンビニをさがすことにして、R40で稚内の街をすすむとすぐにセイコマがあった。店内を見て手に入れたのは水2リットル、豚塩串1パック、豆腐1丁、サッポロクラシック500mlの754円である。会計をしているとフェリーでいっしょだったおばあちゃんがいることに気づく。食品を買っているからホテルに素泊まりでもするのだろうか。ほかにもフェリーで見かけた人がいたが、旅慣れた身のこなしひとり旅の男性だ。おばあちゃんも男性も私と同病の放浪癖のようだった。

 セイコマをでて森林公園キャンプ場にむかう。一昨日下見をしておいたので、精神的に楽な気持ちで公園のある丘の上にのぼっていく。公園の奥にすすんでいくとまた若いキタキツネがいるがコイツはきっと前にもいた個体だろう。やはりすぐに逃げていった。

 真暗な林のなかの道をすすみ19時35分にキャンプ場に到着した。無料なだけあって外灯は少なく、林間のサイトはほとんど闇にしずんでいる。私のつく直前に到着したライダーがいて、彼は懐中電灯で照らしてテントの設営場所をさがしていた。私も荷を解いてテントのはいったダッフルバックを手に、階段をのぼってテントをたてる場所を物色する。明るいところが便利なので、人が出入して少々うるさいが、水場の明かりがギリギリとどくところに決めた。

 

 稚内の夕食 キャンプ場のピクニック・テーブルにて

 

 蚊がいるので蚊取り線香をつけた。まだ湿っているテントを立ち上げて、ひっくりかえして風にあてる。そしてバイクから2回荷物をはこんできたが、階段ののぼりおりで息が切れた。しかしこのくらいの階段など物の数ではないと、後に思い知ることになる。ピクニック・テーブルの上で蕎麦100グラムを茹でて、冷奴を切り、薬味のネギをきざむ。蕎麦が茹であがったので冷水でしめてざるに盛り、豚塩串を焼き網であたためて食事をはじめた。まずビールを喉にながしこんで冷奴をたべると、じつに美味しい。つづいて蕎麦もまことにいける。最後に豚塩串をかじってみると、塩胡椒がきいていて、これまた絶品のB級グルメで大満足なのだが、こんなもので満ち足りてしまう私は、つくづく安くできているなと思うのだった。

 ところでカメラの調子が悪い。朝、桃岩展望台でおかしくなったが、撮影モードでは起動できず、再生モードで電源を入れてから撮影モードにしないと写真がとれなくなってしまった。それでもなんとか動いてくれているから、このままもってくれればよいのだが。

 食事をおえて食器をあらい、テントにはいってメモをつけつつ焼酎を飲む。わずかに残っていたコンブ焼酎はすぐに片づいて、さつま白波に切り替えた。メモをとりおわったのは21時で、散歩がてらキャンプ場を歩いてほかのキャンパーを観察することにしたが、これは私の野営の夜のひそやかな楽しみである。

 真暗なサイトではキャンパーは見えないので、外灯のたっている駐車場のPキャンの人たちを見物しにいった。キャンプ場にいる人たちは地味で大人しく、健全な印象である。ドームに住んでいた北海道遊民の手招きオヤジのようなアクの強そうな人間はいない。キャラバンで旅する男性はリヤ・ゲートをあけて、その下に小さなテーブルと椅子をだし、レトルトのつましい夕食をとっている。軽バンの手作りキャンピングカーに乗る60男と30男は親子のようだ。荷台を板で仕切って2段ベットにしてあるから、ふたりで上下にならんで寝るのだろう。ほかにもワーゲン・バナゴンのキャンピングカーやセレナのふたり組みーーこちらも60の父に20代後半の息子のようだーーエスティマのファミリーもいる。なぜか車の横の地面に寝ている男もいた。いずれにしても男ばかりで女性はほとんどいないから、やはりこういう旅は女性には好まれないようだ。

 今夜も星は見えない。北海道で星空をながめるのを楽しみにしてきたのだが、今回はまだ天候にめぐまれない。ところで台風が首都圏にむかってきているようでその進路も気がかりだ。テントにもどってラジオをつけ、本格的に飲みだした。