一月物語 平野啓一郎 新潮社 1999年 1300円+税

 復古調の独特の文体で書かれた意欲作。

 物語の舞台となるのは古風な文体にふさわしく、明治時代の奈良県の山中である。25才の青年の体験する怪異譚だ。

 この作品でいちばんに語らねばならないのは文体だろう。独特の文体はたとえて言うならば、明治時代の小説のような文体で、漢文の書き下し文とまでは言はないが、漢文調の硬い文語体で書かれており、しかも漢字の当て字がたくさん使われている。私はひとつのスタイル、として成功していると感じたが、好まない人もおおいだろう。

 文章全体を硬質な、古めかしい文体と、漢籍からあつめてきたような語句、当て字でかためているのは、どこか開高健の修飾語でかざりたてた文体との共通性を感じさせる。いずれも新しいスタイル、文体を追求した結果なのだろう。

 賛否両論のありそうなこの文体は、はじめは戸惑うのだが、数ページすすむと読むのが楽しくなった。そしてこれは、この時点で作者の立ちえた最高水準なのだと感じたのだった。

 作品は幻想的な怪異譚なので、泉鏡花の『高野聖』を連想させるところもある。こちらの作品は隅からすみまで計算しつくした文章でかためてあるので、泉鏡花とは味わいを異にするが。

 奥付をみるとこの作品は作者のデビューした年に発行されているので、デビュー2・3作目なのだろう。2002年の『葬送』になると漢字はおおいものの、文体はかなり読みやすくなっているので、文体は進化している。それにしてもこの作品を1999年に発行して、2002年には大部の上下巻『葬送』をだしているのだから、作者の生産力は眼をみはるものがある。

 この作品にもどると、デビュー直後の作品とは思えない抑制のきいた完成度の高いもので、作者の老成と才能をかんじさせる。ときに眼をうばわれて読むのを中断させられるような、論理の展開、心情描写、比喩などがあり、才能のゆたかさをみせつける。

 この作品はたかい志で書かれたものだろう。しかし読み手をえらぶ。

 

 

 

トップ・ページへ          文学の旅・トップ            BACK